『銀の匙 Silver Spoon (1-6巻)』よんだ。
まぁ簡単に言えば、思春期の少年少女の成長物語を一風変わった学園コメディタッチに描かれている作品である。ただその舞台は北海道の農業高校という、都会はもちろん本州の農村ともかけ離れたすべてにおいて“規格外”な現実世界で、その生活習慣はおそらくほとんどの日本国民の常識を超越した非日常的な日常というもので、一般的に想像できる枠には収まらないものだ。そうしたやや特殊な環境の中でのボーイ・ミーツ・ガールから、固定観念の崩壊や同一種の中に異分子が紛れ込んだ時に起こる化学反応とその先に見えてくるものが楽しめる内容になっている。
主人公は大蝦夷農業高等学校(エゾノー)新入生の八軒勇吾。元来勉強好きで成績優秀なため、本来ならば一流大学を目指すべく地元札幌の進学校へ進むところだが、競争社会による疲弊と、より優秀な兄の存在、学歴至上主義で厳格な父親のプレッシャーによって勇吾は精神的な視野狭窄状態に陥っており、目標(夢)すら持てないでいるところを見かねた担任教師の薦めによって、半ば学校と家庭の両方から逃げるようにして寮のあるエゾノーに入学した。
ところが、エゾノーは北海道の農業高校だけあって生徒のほとんどが農家の子であり、それぞれの家業や獣医師など既に近い将来の目的を明確に持っており、目的を持たない勇吾にとっては眩しいばかりの環境だった。輝いて見える同級生に対して夢のないコンプレックスから焦りを募らせる勇吾。けれど実習や部活動などで同級生や先輩方と友情をはぐくんでいくなかで、彼らもまたそれぞれに家庭の事情や問題を抱えており、それらと折り合いを付けながらその上で夢に向かって努力したりもがいたりしていると知り、勇吾は彼らと絆を深めるとともに、物事に真正面から取り組むことで自分自身とも向き合い、自分を取り戻し始める。
まぁそれ以前に“エゾノー”の常識は勇吾にとってカルチャーショックの連続で、まず初っ端から「食と命」という壁にぶち当たることになる。ただそうした勇吾の逡巡は、「命を頂く」ことが一連の流れとして機械的に刷り込まれてしまっている地元っ子たちのこれまでの価値観に一石を投じることになり、“当たり前”を考え直す良い機会となる。
人と出逢い、動物たちと触れあい、知らなかった社会のシステムを学ぶ。そこで見つけた感覚のズレの摺合せは、時にある種の起爆剤となり、さまざまに派生していくことで全体を活性化させることになり、彼らの成長を促すことになる。
まだまだガキの域を出ていない彼らだが、実は大人が思っている以上に家と将来について真剣に考えているエゾノー校生たち。その胸の内では北海道農業の未来や後継者問題などにもちゃんと向き合っており、そうしたことがこの漫画では何気に触れられている。またそんな“高校生”という「子供ではない。けれど、大人でもない」といった位置づけで描きながら、ここぞというところではきっちりと「大人」と「子供」の線引きをしてくれるところは、「ハガレン」の時から感じられた荒川作品の特徴であり、「大人」の役割を正しく描いているところにとても好感が持てる。
雄大な大自然と動物たちに囲まれた純粋な生徒たちが織りなす青春グラフティ。
高校生らしいボケとツッコミだらけの学校生活が愉快なのはもちろんだが、波乱万丈でなくとも活き活きとした等身大の彼らに感情移入しつつ、彼らと一緒に考えたり、彼らの成長を見守ってあげたくなるような作品。アニメ化はやや時期尚早な気もするけれどこちらも楽しみとし、引き続きこれからも応援したいと思った。
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