『旅猫リポート』 有川 浩 〔著〕
話は簡単で、猫好きの青年:サトルに以前から付かず離れず姿を見せていた野良猫が、交通事故を切っ掛けにサトルの猫になり、猫は(雄だけど)ナナと名付けられて5年ほど幸せに暮らしていたが、サトルにナナを飼い続けられなくなる事情が生じてしまい、貰い手候補の旧友を、サトルとナナで一緒に訪ね歩く、というもの。
旅先では小・中・高のサトルの同級生たちが登場。転校が多かったというサトルで、それぞれまったく違った環境での、その時々の同級生たちとの思い出があるサトル。
それらを通してサトル自身のことやサトルの過去(小学校時代、中学校時代、高校・大学時代での同級生たちとのエピソード)が明かされていくのだけど、これがまた必ず過酷な事実が判明してくるものだから切ないのなんの。
”幸せ”の尺度は人によって違うものなので、あえて無関係な第3者が表向きの事実と条件から判断した場合と定義するが、サトルはとっても不憫な子供で、そのおかれた状況は「酷」といって差支えないものと思う。
けれどサトル自身は「自分は幸せだった」といい、捻たところもなく、ユーモアに溢れ、誠実で善良で人に好かれるタイプの人間。人気者というのとも違うけれど、どの時代の同級生もサトルに好意を持って接しているのが良く分かる。不遇なサトルに嫉妬・・というか羨ましく思ってしまう同級生さえいるわけで、本当に、何を持って”恵まれている”とするのか?要は捉え方次第なのだと、そんな事をツラツラ思いながら読み進むことになる。
実は、サトルがナナを手放さなければならない理由は後半まで明かされない。理由の一つとして”リストラ”が挙げられているが、サトルの物腰や同級生たちとのやり取りから浮かび上がるサトルの人物像は、どうしたって”リストラ”とは結びつかないもので、実際に私はサトルのイメージを掴み切れずにいた。
それが、唐突に腑に落ちることになる。
違和感の理由が明かされてからのその後の流れは、有川節炸裂で静かに見守るのみ。どんな障害も損失も「不幸」と称して棚上げすることのない、あくまでも優しく前向きなままでの話の持って行き方は流石。そしてひとの良い面も嫌な面も等身大にして、最後は理想的なカタチを見せてくれる。
内容的に誰かれ構わず安易に薦めたくなるものではないけれど、やっぱり良作だと断言はできる。
最近は特にグサっと突き刺さるような重めの作品が多くなっていると感じ、楽しさ半分辛さ半分の物語に毎度泣かされているよなぁと、以前の超ベタ甘が少しばかり懐かしくなっていたけれど、読めばやっぱり好きだと思うし、次を楽しみにしてしまうんだよね。
でも、さしあたり今は「シアター!3」をお願いしたいかな?
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コメント
たいむさん、こんばんは!
僕も「阪急電車」の感じに近いかなと思いました。
有川さんの新しいテイストが感じられますよね。
サトルの運命は傍からみると厳しいものではあるのですけれど、有川さんらしい優しさがずっとあるので、決して悲劇にはなっていないのですよね。
このあたりが有川さんらしいなと思いました。
投稿: はらやん | 2013/02/01 20:02
■はらやんさん、こんにちは
はらやんさんも有川作品はほぼ網羅されていると思いますが、ベタ甘では似たりよったりでも、雰囲気と言うか微妙な作風の違いは感じられますよね。
「泣ける展開」って判るんだけど、可哀想だなんて思ったら失礼でしょ、って感じなんですよね。
ポジティブな思考が理想的といえばそうなのだけど、そうありたいって思わせるところが流石だなって思ってます。
投稿: たいむ(管理人) | 2013/02/02 18:00
はらやんさんのところからお邪魔しました。
有川さんのベタ甘とはちょっと違いますが、とても温かさに満ちあふれた作品になっていたと思います。
余命短いモノ・・・はあまり好きではありませんが、これはとても良かったです。
自分の中で受け入れられたのは、サトルの人柄や、周りの人たちの温かさ、そして自分もペットを飼っているからかもしれません。
投稿: みゆみゆ | 2013/06/29 14:11
■みゆみゆさん、こんにちは
ネコ相手にしっかりベタ甘だったと思いますが、悲劇的な内容でありながら、ほんわり温かくて心地のよい幸せな物語だったと感じさせる終わり方の上手い作品だと思っています。
基本、私も病気ものは苦手ですがこういうのは好きだなって思います。
ペットは猫を亡くしてから一度も飼っていませんが、ちょっと懐かしくも羨ましくなったりもしました。
投稿: たいむ(管理人) | 2013/06/29 16:04