『空飛ぶ広報室』 有川 浩 〔著〕
『三匹のおっさん ふたたび』が発刊の際に予告されていたとおりに、『空飛ぶ広報室』がようやく単行本化された。『空飛ぶ広報室』は電子書籍『E★エブリスタ』で連載されていたもので、加えて書き下ろし短編の「あの日の松島」が収録されている。
基本単行本(文庫本)派なので、電子書籍はもとより雑誌連載には一切手をださないので、書籍化をとても楽しみにしていた『空飛ぶ広報室』は久しぶりに“自衛隊“中心の話。”空飛ぶ“だけに「空自」がメインだ。自衛隊の広報室については、これまで有川先生へのインタヴューやら何やらで話題になることも多かったので、被る内容が多々見られたけれど、マスコミや民間企業を絡めたエピソードであり、官民の意識の差についての突っ込んだ内容はなかなかリアルを突くものがあり、今回もやはり「社会派ライトベル」だなぁと思うものだった。特に3.11の大震災で被災した「松島基地」に特化した短編書きおろしは最たるものになっている。
内容をザックリまとめると、交通事故の悲運から“戦闘機パイロット”資格を返上するしかなくなった傷心の空井二尉が”航空幕僚監部広報室”へ転属となり、仲間や広報室に出入りしているマスコミ関係者との交流によって次第に癒され、新境地となった広報室の活動から、自衛官でありながら知らなかった事や気が付いていなかった様々な事を学んでいく(それを同時に読者に伝えている)というもの。
主に、広報班から空井の指導係的存在の比嘉一曹と年齢の近い上級幹部の片山一尉とでの遣り取り、報道班からワケあってオッサンしている“残念な美人”の柚木三佐と柚木の防衛大からの後輩でお目付け役になっている槙三佐のアレコレを中心に描かれることになるが、そこに曲者の広報室トップ:鷺坂一佐室長という扇の要が加わることで “広報室”を一層魅力的に見せつけてくれている。
・・とはいうものの、印象的にはドキュメンタリーをちょっぴりフィクションで飾り付けして活字(小説)に置き換えただけのような感じなので、SF仕立ての“自衛隊3部作”のような派手さはなく、キャラクターの個性も弱い。また語り視点がエピソードによって切り替わり、空井やヒロインが完全脇役になることも多いため、2人に感情移入することも出来ず終いとなる。
そもそもが“自衛隊の看板を背負っているだけで自衛官個人は皆と変わらない”ということを主張している小説なので、誇張し過ぎず全般的に控えめになるのは当たり前なのかもしれない。あとがきから察するにモデルとなった実在の人物がいたとなれば、ますます誇大表現は差し控えただろうしね。
ところで、有川作品は仕事的にも人間的にも現実的に羨ましくなるようなデキル上官がよく登場するが、鷺坂室長も例外ではなく心底ミーハーなオッサンでありながら、ひとの機微に長け、抜群の感性と統率力・突破力で皆を率いてくれる最高の上司だった。自身にはなんの落ち度もなくエースパイロットの夢を断たれて心にポッカリ穴の開いた空井が鷺坂に預けられるという設定は良く出来ていると思うところで、自衛隊の中でもまるで異質な業務の1つであろう広報室は、良い意味でもワケありでも特別な自衛官が配属される部署なのではないかと少しばかり邪推してしまう感じだ。
また有川作品と言えば“ベタ甘”も欠かせない要素だが、今回は空井と似た境遇(トラウマ)を持つ人物として、不本意にも記者からTVディレクターに配置転換させられた稲葉リカがヒロインとして登場している。そこから自衛隊担当のリカとリカの世話係となった空井との間にひとつふたつエピソードが生まれ、互いに惹かれあっている風な描写が要所要所に挟まれるのだが、珍しくそれ以上確固たる進展がないまま終わってしまっている。それは現実的にも異動ばかりの上級幹部自衛官と信念を持って仕事に従事しているメジャーTV局ディレクターの女性とでのカップリングでは、いくら気持ちがあったとしても簡単にどうこう決断できるものじゃないのだろうとしてリアリティを重視したものと、有川作品としてはやや物足りなくはあるけれど、無理くりラブラブモード突入させなかったのは良かったように感じている。
とにかく、自衛隊(主に空自)のミニ知識と置かれている現状を見せながら、”自衛隊の人々”を応援しようって気持ちで書かれた小説。それ自体がまた「プロパガンダ」だと批判的な声も聞こえるようだけれど、100%の支持を得られる組織なんてこの世の中に存在しないと断言できそうなものであり、有川先生も広報室から打診を受けた時点で「プロパガンダ?大いに結構!」ってくらいの気概をもって取り組まれたと思うわけで、私としてはありのままを受け止めたいと思った。
若干溜りまくった思いの丈がぶちまけられているような、やや一方的な感もあるので賛否に関してはすべて読み手の受け方次第だと思うけれど、小説に書かれている中身と販売戦略(意図)をごっちゃにすることなく、本質の部分での自衛隊サイドの想いは皆が受け止めてくれたらいいなと、そんな風に思う。
自衛隊に関しては、私自身有川作品に触れる前から特別偏見は持っていなかったけれど、興味がなかったのも確かで、有川作品によってしらずしらずに自衛隊の知識を刷り込まれて今の自分があるように思う。それにしても「自衛隊」と「軍隊」を同一視するなどありえないというか「敗戦後の“自衛隊の発足までの歴史”は必ず学校で習うだろー」とツッコミを入れたくなるところだが、それでも「案外知らない人が多い」と繰り返されると、そうなのかと何だか日本人のあいまい過ぎる感覚を残念に思う。
まぁ憲法に対して“自衛隊”は 表現上の建前でしかなく事実上の軍隊だという解釈も解らなくはないけれど、何かにつけてあまりにピリピリと神経質で凝り固まったものの発言には、私自身が平和ボケ日本人で能天気と言われようとも「もう少し今の日本を信じようよ」と言いたい気分になるし、せめて“自衛隊”を自負している多くの自衛官の個々の意思までを勝手に決めつけ色眼鏡で見たうえで発言することは、人として失礼なことだと認識すべきだと強く思う。そもそも他人に決めつけられるって誰だって不愉快に思うものだし。柔軟さや配慮が足りないのは、本当はどっちなのだろうか?ってね。
話が微妙にそれた感じだが、小説内ではそうした世間の無知や無関心と無理解からの偏見にさらされている自衛隊の現状と自衛官たちの想いが描かれていて、窮屈な中で最大限に実態を伝えようと必死に努力している実際の広報室の様子が伺われる。
この小説が自衛隊にとってずっと追い風のままであることを祈りたい。
それから書き下ろしについて、「あの日の松島」は震災でのそのままの現実が記されており、当時の状況や情景を想像して思わず涙があふれてくるようなものだった。
被災地真っ只中にあって、被災地であることも被災者であることも二の次にしてすべき任務を全うしていた松島基地の真実。
空井の言う主張にやや違和感を思うところもあるけれど、単行本化を1年遅らせてまで収録することにしたというだけのことはあると思う。知ることが出来たことを感謝したい。
有川先生には、こんどは「海自」サイドから”海猿”で人気急上昇した「海上保安庁」との違いなんかも含めて小説にしてもらえたら嬉しい。それこそごちゃ混ぜに思っている人は多いんじゃないかなと思うので、是非に♪
余談:
航空幕僚監部広報室のHPなんてこれまで見たことがなかったけれど、ふいに飛んでみたらカナリ軽いノリで文章が書かれていて、有川作品内でのイメージそのままに「頑張ってるなぁ~」と感じられ、思わずエールが送りたくなった。
ここでは何の足しにもならないけれど、紹介がてらに”広報の紙飛行機”のURLをリンクしておこうと思う。
また[JASDF] 航空自衛隊のHPでの”スペシャルコンテンツ”はなかなか面白く、ゲームにはついついアツクなってしまった。ダウンロードコーナーでもオタク心がくすぐられるアイテムが満載!アイコンとかいくつかDLしてしまったよ
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