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2012/05/30

《古典部シリーズ》から『クドリャフカの順番』を読んで。

Kudoryafuka3作目『クドリャフカの順番(「十文字」事件)』もさくっと読了。今作は奉太郎視点だけではなく、古典部員4人全員が入れ替わり立ち代わり語り部を務めている。
あとがきによると、今作の主役は“文化祭”とのこと。“神山高校文化祭”そのものであり、古典部が抱えてしまった問題や、文化祭の真っ只中に起こった犯行声明付の連続盗難事件(十文字事件)がクロスしながら話が進んで行くが、3日間にも及ぶ文化祭のような大イベントを描くにあたっては多角的な視点が望ましいとして、あえて複数の語り部を設置したとのことだった。
おかげで今回は感情移入しすぎることなく事件と古典部問題解決を楽しむことができたし、はじめて著者の考え方に触れることが出来たように思えた作品として楽しめたと思う。(以下、謎解きのヒントになる部分が含まれているので、これから読書を予定している方はご注意を)。

さて、今回も相変わらず「特筆しているような描写はすべて無関係ではない」という感じで、丁寧かつフェアな伏線の貼り方がなされていたが、複数の語り部と単独行動によって視点が多様化した分、良く作り込んであるというか、かなり芸が細かくなっている印象を受けた。

それぞれのポイントとしては、
里志がらみでは、総務委員会での文化祭活動とスタッフの紹介、「カンヤ祭の歩き方」に附した工夫、古典部(「氷菓」)宣伝を兼ねたクイズ研イベントへの参加とその出題問題。
「氷菓」を過剰発注した事実上の張本人である伊原がらみでは、漫研での騒動(先輩との対立)、売り言葉に買い言葉から出たお気に入りの同人誌評。
千反田がらみでは、古典部部長として「氷菓」を売り捌くための行動、好奇心に対する最大限の自制自粛、“十文字事件”に乗っけた古典部の各方面への売り込み活動。
奉太郎がらみでは、店番と称した“省エネ“の維持、”わらしべプロトコル”と”十文字事件“の関連性、省エネもっとうでも「しなければならないこと」としての「氷菓」の大口販売戦略。

・・以上が主なものとしてあげられる。あと”古典部”として参加した「お料理対決」への参加も加えておく必要があるだろう。
ちなみに、謎解きは上記ポイントの中で重なるアイテムや複数回登場するワードを逃さず、気になった部分は戻って再度確認していけば別の共通項が見えてくるだろうし、見えなかった存在が見えてきたら、動機は無理でも犯行に関与しているだろう人物くらいまでは見当がつくんじゃないかな?(私は「50音順にしなかった」という里志の言を鵜呑みにし過ぎて確認作業を怠ったため、やや時間がかかってしまったが)。
それから、「もう一人」と「漢字の読み方」は著者が好むトリックだったりするかも?とか。

結果として、(当然だが)奉太郎が謎を解いて犯人を突き止めることになるので、前2作と同様に作品としては”学園ミステリーもの”になるのだろうが、”十文字事件“は学校全体に及んだ公開事件であり、探偵もどきや野次馬がわんさかいる中で、たまたま奉太郎だけが謎解きに必要なすべてのパーツ(情報)を掴むことができたという”幸運”によるところが大きい事件のため、今作での”謎解き”はあくまでも文化祭の余興の一つだろうと私は考える。

では何がこの作品での肝なのかと言えば、著者が思うところの「期待」というコトバの解釈だと思う。序盤にも中盤にも要所要所で使用されている「期待」というコトバ。それが終盤になると統一した意味で使用されているのは著者の意思と私は感じた。

「自分に自信がある時は期待なんて言葉をだしちゃあいけない。期待っていうのは、諦めからでる言葉なんだよ。」
「絶望的な差から、期待は生まれる。だけどその期待に答えてもらえないとしたら行きつく先は絶望だ。」


上は里志が伊原に説明をする為に使った言葉で、下は犯人が奉太郎に告げた言葉。
2人の言葉を合わせて解釈すると、「絶望的な差」とは自分の「自信喪失」を自覚させられたことで「諦め」が齎されたことであり、そうさせた圧倒的才能を持つ相手には持てる者の義務を果たして欲しいと願うこと、すなわち「期待が生まれる」ということだと思う。
ちなみにこれを事件に当て嵌めると、犯人はとある人物の才能を目の当たりにし、自分には成し得ない”次”を「期待」していた。しかし「期待」が果たされることはなく、あえて「期待」に因んだ手口を使って犯行に及んだということらしい。(けれど待っていたのは決定的な「絶望」というなんとも切ないオチとなるのだが)。

「差」など考えもせず、「自分の自信」とも無関係に「期待」ってコトバは良く使われていると思う。だが、著者としては、他人に対して安易に振りまいて欲しくない言葉の一つが「期待」なのだと思った。もしかしたら著者自身が「期待する」という他者の無責任なコトバに振り回された経験があるのではないかと邪推するくらいな感じで。(私自身「絶対」を連呼する人ほど信用できないと思っているから、なんとなくそういう気がするだけだが)。

また、千反田が“他人に物事をお願いする秘訣”を入須先輩に乞うた時に伝授された初心者用の教えで、頼み事をお願いする相手に対して見返りを求めず、最後の頼みの綱として「期待」を掛ける、というものがあった。
この場合の「期待」は「諦めによる期待」と同義だと考えられる。本当に最後の砦かどうかは別にして、「私はお手上げだけど、あなたならば何とかできるのではないか」といった「期待」を見せて相手の自尊心をくすぐる作戦で、「期待」の持つ意味を逆手に利用する作戦だと思われる。(ただし使い手を選ぶようで、千反田には向かない方法だったようだ)。

そう思うと、私などは「映画の予告編を観て期待していたんだけど期待外れだった」なんて感想を書くことがあるが、これは里志の定義に叶っているがどうか気になってくる。それには、こうした場合の「期待」とは、自分には思いもよらない(想定外な)何かを「期待」しているわけで、そもそも映画など作れない私であることを自覚した上での「期待」なので、”アリ”なんじゃないかと、これまで語って来た分については自己弁護しておきたいかなー。
でも、今後は「期待」をいうコトバについて留意し、使い方には配慮したいと思っている。

とりあえず残す既刊分は短編集の『遠まわりする雛』のみとなった。アニメでは『氷菓』から『愚者のエンドロール』への仕切りなおしとして、短編の一つ『大罪を犯す』を挟んできた。久々にアニメでのネタばれ無し視聴を楽しむために、読書は少しだけ先に延ばそうかな?

・・なんてね。

少し読み出したら最初の短編は、アニメの1話((後半)で使用されていたようだし、まぁいっか。

《古典部シリーズ》は、私にとって思いがけず読むと脳が活性化するような、読み終えた瞬間からアレコレ思考をめぐらして、文章が次々頭に浮かんできてしまう作品になったようだ。キーワードを整理しながら組み替えつつ、書いては直し、書いては直しといった作業も苦にならず、ひさびさに楽しさと心地よい疲労感を味わっている。それゆえの長文。自己満足なんだろうけど。
あともう少し簡潔に要点をまとめられたらなぁ~っていつも思うんだけど。

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コメント

たいむさん、こんばんは。真夜中に失礼します。

なるほどー。たしかに「期待」という言葉がいろんな人の口から出ているとは思いましたが、そこまでの深読みはできませんでした。メモメモ。

今回、個人的に気になったのは入須先輩の助言が、人を自在に操る”女帝”としてのプロデュース能力の片鱗をうかがわせるもので、そこにかなりの衝撃を受けた次第。すっかり先輩の虜と化してしまいました(^^;

後は奉太郎のラストの交渉が他のメンバーに言わずにこっそり行われたものだったことから、この解析プログラムは目的実行のためなら多少の荒事や犠牲は問わない”闇の部分”を持ってるのではないか、などと思ってしまったり。少しルルーシュをダブらせてしまいました。

投稿: GAKU | 2012/06/19 00:55

■GAKUさん、こんにちはsun
なんだか久々にアドレナリンがドバって放出された感じで頭の中のパズルがガシャガシャ再構築されてきちゃって、整理整頓を兼ねて自論を一気に書き上げた次第です。
でも、あくまでも自論、ここのところ大事ね(笑)

入須先輩の助言は社会人でもリーダークラスの思考ですよね。
入須ほどじゃないけれど、私もどちらかといえば人を使うのが得意なので、言葉にするとスゲーなーって思いつつ笑って読んでました(^^)

奉太郎の交渉は里志にだけは伝えてあったので、ルルーシュほど撃たれる覚悟があったかどうかは微妙かな?
ただし「やるべきこと」の遂行手段としては、多少黒くても構わないくらいの考え方はあるかもです。それが最短で効率の良い道ならば省エネ主義にも合致するし。
でも、脅しは褒められたことではないという自覚はあるからすべてを隠密裏に運んだわけで、千反田に知れたら犯罪めいたことで非難されるのは当然として、ほかに自分に対して幻滅とか落胆とか、とにかく千反田を悲しませることになるのをもっとも嫌がったように感じられて、無意識の深層心理がうかがわれてニヤニヤするところではありました。

いずれにせよ、ルルーシュの戦略は省エネ主義じゃあまず無理っしょ(爆)

投稿: たいむ(管理人) | 2012/06/19 11:54

たいむさん、こんにちは。再コメント失礼します。
私もやっと感想が書けました。読了してからどれだけ経ってるのやら(大汗)

この作品は感想を書きだすといろんなことに刺激を受け過ぎて困りました。言われている「アドレナリンがドバー」の意味が書いてみて改めて分かった次第です。

ミステリーの要素は限りなく少ないのに、細かいエピソードそれぞれに意味深なキーワードが含まれている。それを細かく詰めだすとキリがないのですが、整理しきれずに長文になってしまいました。。。

でも、感想を書くだけで脳が刺激されて「楽しさと疲労感」の感じは私も同感。そういう読み手を刺激してくれるという点で「ビブリア古書堂」よりもうわてを行ってる感じがします。最新刊はたしかに「母親探し」に固執し過ぎてる感がありますしね><

投稿: GAKU | 2012/07/15 07:28

■GAKUさん、こんにちはsun
「アドレナリンがドバー」に納得できたということは、同じような感覚に陥ったと理解して良さそうですね(笑)
あれもこれもってグルグルしちゃうでしょ、これ。
全体を書かないように削ってもこの記事くらい長くなるわけで、書きたいこと全部あげてたらきりがないのよね、本当に。

だけどそこに楽しさを覚えるあたり、思考回路に同類の匂いがして嬉しいですよ、ガクさん。議論と化したら一晩中とか尽きないかもですね(笑)
「古典部」は物語と言うよりは人間を語る話に移行し始め、「ビブリア」は物語をより面白くする方向へと変わってきた気がします。
最初は似た雰囲気を感じたものが、やはり違ってくるものですね。
私は前にチラッと書きましたが、断然「古典部」のテイストがすきです。

投稿: たいむ(管理人) | 2012/07/16 17:33

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