« 「ダーク・シャドウ」みた。 | トップページ | 《古典部シリーズ》から『愚者のエンドロール』を読んで。 »

2012/05/21

《古典部シリーズ》から『氷菓』を読んで。

Hyoukaobiこの4月からBS11で視聴しているアニメ『氷菓』の原作シリーズ《古典部シリーズ》を読書中で、とりあえずアニメに先んじて小説『氷菓』を読了した。(ちなみにどのあたりまでアニメ化されるのかは今のところ不明)。
『氷菓』は、著者である米澤穂信氏のデビュー作であり、その後紆余曲折を経て2作目『愚者のエンドロール』、3作目『クドリャフカの順番(「十文字」事件)』、4作目『遠まわりする雛』、5作目『ふたりの距離の概算』を発表、現在《古典部シリーズ》として人気を得ているとのこと。
アニメが好感触だったことで小説を読んだわけだが、率直に雰囲気(表現)が好みに合うと感じた。特に語り部の「折木奉太郎」に対する好感度が高い。(中村くん贔屓は考えないとして)。よって”キャラ読み”が勝りそうな気がしないでもないけれど、“日常ミステリー“の謎解きは一緒になって楽しめるものだし、以下続巻も楽しく読めるものと期待が膨らんでいる。

Hyouka『氷菓』は、書店企画のコンテストから新人部門の奨励賞受賞によりデビューに至っており、文庫化までには手直しに次ぐ手直しの果てにようやく完成した作品と思われる。それだけに良く出来ていると思うが、“ミステリー“としては非常に素直でストレートな印象を受ける。(取り上げている”謎”が無関係な第3者には取るに足らないモノばかりのせいもあるだろうが)。
謎解きは、非常に少ない手掛かりだけで奉太郎がサラリと解き明かしてしまうのが大体のスタイル。周囲はまるで手品を見せられたように思うのだけど、実際に奉太郎の優れているところといえば鋭い洞察力と想像力、論理的思考の構築といったところで、手品でも何でもなく、ちょっと勘の良い読者ならばアラアラ気が付ける程度の謎(トリックもしくは真相)の解明と思われる。
当然本文中には手掛かりがきちんと揃えられているわけだし、伏線もおそらくそうであろうと分かってしまうくらいに親切かつ丁寧にキーアイテムやキーマン・キーワードを登場させている文章だからね。(200ページ弱で登場人物紹介から複数の謎解きまでを詰め込んでいるわけだから、特筆しているような描写はすべて無関係ではないってことなんだなぁ)。
そして、依頼者となる好奇心旺盛なヒロインと、語り部兼捲き込まれ型探偵役の省エネ少年。補足やミスリード要員として一役買う友人(部員)たちという構成もバランスがよく、読みやすくなっている点と思う。
しいて言うならば、最大の謎といえる「なぜ”氷菓”なのか?」について、高校生レベルで閃くほうが優秀すぎなんじゃないかと思われるモノがオチになっているところが難といえば難。概ねニュアンスは解るとしても、オチがストンと落ちずに辞書で意味を確認しなくちゃ自信がないというのはオチとして微妙だからね。
オチに限らず「出歯亀」とかあまり一般的じゃない文言が時折登場する傾向はある。里志がそうした語り口のキャラだという設定は解るけど、《涼宮ハルヒシリーズ》のキョンのような世代を超えた博学面白独白とは違い、遠まわしで垢抜けない言い回しにつまづきを覚える感はあると思う。まぁ、ナシではないんだけど。

私の場合、素で読書したものとは異なりアニメから入った分だけアニメ制作側のイメージ(解釈)に引っぱられ気味になっているかもしれないけれど、さすがは【京アニ】というべきか、後から原作を読んでもほとんど違和感がないように思えた。アニメは間の取り方やイメージの膨らませ方、活字表現や心理描写の映像化が非常に巧く、空白の繋ぎシーンなども自然かつ効果的に挿入し、動きがなくて絵的に面白くないシーンでは場面転換を追加するといったアレンジを施している。それでいてまわりクドイ説明部分や体勢に影響のない会話や蛇足エピはバッサリカットして要点を簡潔にまとめ上げており、原作と比較しながらアニメを見たとしても、「ココはこうなるのかぁ~」と感心こそすれ、納得がいかないところは(今のところ)無いと言えると私は思う。

現在、2作目『愚者のエンドロール』を読んでいるが、『氷菓』とは随分と趣のことなる謎解きで楽しませてもらっている。以後も長編あり短編ありと緩急があるのが個人的には嬉しく思うところ。また文庫化されているのは4作目までだが、すべて読み終えているだろう6月下旬には5作目『ふたりの距離の概算』の文庫が発売されるようだ。夏に向けて色々とお楽しみが増えているこの頃だが、これでまたひとつお楽しみが加わってしまったようだ。

そうそう、現在ネットで『氷菓』を検索するとヒロインのイラスト画像(上記1つ目)が文庫の表紙として紹介されているものがほとんどと思うが、実はコレは表紙を完全に覆うタイプの”帯”であり、本来の文庫の表紙は100%2つ目の画像なのでお間違いのないよう。(時々アニメ化に合わせて表紙を一新するタイプのものもあるけど)。
実際内容はほとんど「ライトノベル」だけど、《古典部シリーズ》の現在の位置づけとしては、歴とした”角川文庫”(文芸)ってことのようだね。(書籍化における紆余曲折はこのヘンに関係あり。気になる方はウィキペディアでどうぞ)。

|

« 「ダーク・シャドウ」みた。 | トップページ | 《古典部シリーズ》から『愚者のエンドロール』を読んで。 »

コメント

たいむさん、こんにちは。
「氷菓」はアニメ版を見て小説が気になっているクチです。アニメについては第一話ではエルの「わたし、気になります」が鼻について「それって可愛くなければ嫌がられる発言では?」などと思ってたんです。

ただ、第二話以降でそのエルの萌え要素的な部分が本編の文学的な謎解きをアニメというエンタメにした場合にバランスを取るための要素ではないかと想い初めてからは面白くなってきました。

「灰色、ショキングピンク、バラ色」など奉太郎の細かい心理描写が気になって、小説版が気になっている今日この頃だったりします。

投稿: GAKU | 2012/05/27 07:59

■GAKUさん、こんにちはsun
アニメは萌えキャラデザインなのに、クラッシック音楽が良くマッチしていて、静かで穏やかで良い出来ですよね。
基本、アニメは本当に小説のイメージ通りのアニメになっていると思います。そして小説は奉太郎視点で書かれているので、「わたし、気になります」も単なるキーワードスイッチであって、奉太郎がそうだと思わない限り、必要以上に萌えることはこれからも無いんじゃないかな?
まぁ、読者にも視聴者にもキャッチとなるフレーズであることは違いないのだけど。

小説は今読み進めていますが、素直に面白いです。学園ものだけど「栞子さん」シリーズと印象的に近からず遠からずなので、きっとGAKUさんも気に入るんじゃないかな?と、実は思ってたところでした(^^)

サクサク読めますし、オススメしますw

ああ、そうそう、もし読むのならば、次の記事は読まないでくださいね。楽しみが半減どころか無くなりますので。
ん?アニメで見たら同じことか?

投稿: たいむ(管理人) | 2012/05/27 09:22

連投すいません。
「氷菓」小説版、読みました(感想はまだですが)

> 学園ものだけど「栞子さん」シリーズと印象的に近からず遠からず…

たしかにそんな感じですね。文献のみから当時の事実を導き出していく手法は栞子さんの推理と同じ方法を使っているのですね。

キーワードスイッチ「わたし、気になります」もエニメで見るより嫌味なく入ってきました。

というのも、たぶんこの作品は里志が自ら「僕はデータベースだから結論を出せないんだ」言ってるように、里志と摩耶花がある意味「データベース」、奉太郎が「解析プログラム」、そしてえるがそれを統括する「システム」の役割を成していると考えると、えるが疑問をインプットする役割で「わたし、気になります」がないと物語が始まらない、というところなのかなと読み解きました。

まぁ詳しくはまたブログで検証してみたいと思います。ちなみに「愚者のエンドロール」も買ってしまいましたので、次の記事も読了後に読むようにしますね(笑)

投稿: GAKU | 2012/06/03 09:01

■GAKUさん、こんにちはsun
情報を得てから半年以上放置していた私と違って早かったですね(笑)

ミステリー小説という大きなくくりの中で、いわゆる古典にはじまり、本格推理物(緻密な殺人トリックとアリバイ作り)がたくさん生み出された時代があり、最近では「これは推理もの、なのか?」といった作風(京極さんとか、伊坂さんとか)のものが登場し始め、今まさに”日常”を扱った謎解きに人気が出始めているとのことですが、とにかく、ミステリ分野は大きく広がりを見せてきているようです。
自分たちが流行りに乗ったと言えばそれまでなのだけど、世間が似た作風を好むというのは、今の時代にそうしたモノを求めているように思い、震災や原発事故など一連の非日常から穏やかな日常に戻りたいという願望の表れなのかな?と考えてみたりしてます。

それはともかく、アニメで雰囲気を掴んでいるのでより読みやすかったのではないでしょうか?奉太郎や里志は雰囲気がぴったりだと思いますし。
でも、女子はアニメほど萌えを計算した書き方になっていないから、千反田の「気になる」も”おねだり”に聞こえないのだと思います。

古典部が全員で謎解きの”システム”を作り出しているというのは上手い解釈ですね。実際千反田は”システム”に興味を持っていると描かれているし、「氷菓」は特にそういう風に作り込んであるように思いますし。
もしかしたら作者の分身的役割を果たしているのかもしれません。

そういう意味では、「愚者のエンドロール」も「クドリャフカの順番」もそうした作りになっていると思います。既に「愚者・・」は読み始めていると思いますが、読み終えたらきっと「クドリャフカ・・」にも手を出したくなると思いますよw

「愚者のエンドロール」は舐めてかかって失敗した私です。読了後、また感想をお聞かせください(^^)

投稿: たいむ(管理人) | 2012/06/03 15:57

さらに連投失礼します。

> 震災や原発事故など一連の非日常から穏やかな日常に戻りたいという願望の表れなのかな?と考えてみたり…

なるほどー!凄い納得、この考え方はとても面白いですね。目から鱗です!
たしかにミステリの歴史を振り返るとおっしゃるとおりの流れ、風潮がありますね。この考え方もブログの記事に引用させてもらおうかな(ぼそっ)

たいむさんの話は私の知らない部分まで補完してくれるからとても面白いです。それこそ「氷菓」の奉太郎のように。ではでは、またいろいろ参考にさせてもらいますね^^

投稿: GAKU | 2012/06/03 18:39

■GAKUさん、こんにちはsun
「氷菓」について言えば、最初に書かれたのが2000年くらいだから、実際のところ震災云々とは無関係に日常を描いたものなのだけど、今アニメ化され、今注目を浴びて多くの人に受け入れられているのも事実ですもんね。

ミステリの広がりについては、「愚者・・」の中の「へぇ~」な部分からなんとなく思いついたことだったりすることを付け加えておきましょうか。私も最近になって思ったことだったりするんですよねw(読めば、どうしてそんな思考に至ったのかきっと想像がつくはずw)

まぁその程度の事ですから、いくらでもGAKUさんの文章にしてくださって構いませんよ~(^^)

小説でもアニメでも映画でも、受け手の数だけ解釈があるわけですし、他者の感想に対して簡単に共感だの同感だのっていう方が胡散臭い話ですし、同じ感想をオウム返しに語られても、ぶっちゃけ会話しててつまらなかったりませんか?
だけど、時折ハッとさせられたり、「ああ、そうかも」とストンと腑に落ちる発言をされる方とのやりとりは楽しいですよね。それは常々から割と近い嗜好や感覚を持っていると感じられる方々だったりする方が多いのだけど。
GAKUさんには、私もそう思っていますし、これからもそういう関係でいられたら嬉しく思います(^^)

投稿: たいむ(管理人) | 2012/06/03 23:11

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106009/54749473

この記事へのトラックバック一覧です: 《古典部シリーズ》から『氷菓』を読んで。:

» 『氷菓』著:米澤 穂信 ─ 推理解決システムとしての役割 ─ [Prototypeシネマレビュー]
─ 推理解決システムとしての役割 ─ 話題になった『けいおん』を輩出した京都アニメーションで2012年4月から放送開始されたアニメ『氷菓』。アニメを見てその内容から小説『氷菓』 ... [続きを読む]

受信: 2012/06/17 14:44

« 「ダーク・シャドウ」みた。 | トップページ | 《古典部シリーズ》から『愚者のエンドロール』を読んで。 »