『ナニワ・モンスター』 (著)海堂 尊
過去に未来にと広がり続けている”桜宮サーガ”にまた1冊が追加された。『チーム・バチスタの栄光』から続く田口&白鳥シリーズを本線としたら、本作はサイドストーリーのひとつにあたるが、時系列的にも近く、本線のゴタゴタにかなり絡んでいるストーリーに思う。
国内初の新型インフルエンザ罹患者の発生と、厚生労働省への浪速地検特捜部のガサ入れ。一見まったく無関係と思われる2つの事件は密接な関係性を持っており、事態は予想だにしない方向へと発展していく。
どんどんあらぬ方向へ進むストーリーは、終盤になって突如軌道修正されることで唐突に終わる感があるけれど、壮大な構想や情報量はハンパなく、”桜宮サーガ”としてはポイントとなる作品と感じる。『アリアドネの弾丸』の続きを楽しみにしている方は、待っている間に読んでおくべき話と思う内容だと思う。
2009年の「豚インフルエンザ」(新型インフルエンザ)のドタバタ騒動が記憶に新しいところだが、本作は「インフルエンザ・キャメル(ラグダ)」に置き換えて、まったく当時の経過をたどるような感じで、無駄に等しい水際作戦やマスコミの過剰な煽り、不確定情報の蔓延から風評被害、マスクやワクチンの争奪戦といった、”新型インフルエンザ大流行の危機”と政府の対応策、世間の反応についてが取り上げられている。(この辺りまではまったく現実に通じる話であり、自分自身が惑わされることのないよう、心して受け止める内容に思う)。
ところが、「キャメル」は大した脅威のない弱毒性のインフルエンザだという事実が意図的に隠されたことで、過剰な警戒が地域封鎖に繋がり、深刻な経済損失を生み出し始めたことから、”陰謀”が見え隠れし始めることになる。
実は、「キャメル」騒動は正真正銘の”陰謀”で、厚生労働省に不意打ちを喰らわしたガサ入れに対する意趣返しだった。
浪速特捜部の厚労省ガサ入れには、あの”スカラムーシュ彦根”が裏で糸を引いていた。彦根は自分の目的のために、村雨浪速府知事を抱き込み、村雨知事も自身の野心(夢)実現のために彦根の助言を受け入れるといった共生関係にあった。
彦根の入れ知恵によるガサ入れも、それらの実現に必要な情報を手にするための一計であり、想定内とは言えないものの”意趣返し”には迅速な対応で乗る切ることになる。
彦根と言えば、『イノセント・ゲリラの祝祭』での攻撃的で強烈な発言が印象深いが、自身の構想実現のために着々と事を進めているようだ。。村雨に近づいたのもその一環と言える。ただし、壁となって立ちはだかるのは警察庁の”無声狂犬(サイレント・マッドドッグ)”斑鳩であり、水面下での苛烈な攻防戦に突入したようだ
また、村雨の夢もどこまで実現可能かという壮大なものだった。村雨が思い描く最終形態は達成して終わるようなものではなく、維持し発展させていくことが何より大切で、土台づくりから後継者まで視野に入れた長期戦が必至となる。その上で彦根の先見の明からくる助言は参考になるものが多く、村雨は彦根に必要を感じていた。
よって、村雨と彦根がどこまで共生関係を続けていけるかが肝と思っていたが、やはりそこに水をさすのも斑鳩であり、ラストでは先の波乱を匂わして終わることになる。(もはやモヤモヤを残すのがこのシリーズのお約束と言えそうだ)。
今回も要所要所でポイントマンになりうる新しいキャラが何人か登場しているが、広がる一方の”桜宮サーガ”ではもはや紹介するのも面倒なので、またどこかで出てきたら検索して思いだす程度の扱いで良いように思う。
このシリーズはリアルそのものとフィクションが融合している性質から、どこまでが本当の話だろうと勘ぐってしまいたくなる過激な部分に戸惑い(あるいは憤り?)があるが、社会問題として現実とリンクする部分は大きく頷くところで、それだけでも読む価値があると思う。殺人事件とドタバタでエンタメ性の高い話は田口&白鳥シリーズに任せて、他は問題提起と痛烈な現実批判、自己主張のの高い作品が多い気がして、疲れるところもあるんだけどね。
だんだんとピースが埋まりつつあるものの、広がり方も激しく、一体どこまで続くのか・・・。どこかで決着が付くことを祈りながら、サーガにはもう少し付き合っていこうと思っている。
| 固定リンク | 0
コメント