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2011/05/29

「虹の彼方に(下)」 福井晴敏(著) 読んだ。

Uc10_2「ユニコーンの日(上・下) 」「赤い彗星」「パラオ攻略戦」「ラプラスの亡霊」「重力の井戸の底で」「黒いユニコーン」「宇宙(そら)と惑星(ほし)と」「虹の彼方に(上)」に続き、『機動戦士ガンダムUC (ユニコーン)』は角川文庫版の原作本もとうとう最終巻(10巻)となった。
《ユニコーン》の導きで、スタート地点であり最終目的地となった〈インダストリアル7〉に戻ってきたバナージ、そしてオードリー。フル・フロンタルらの追撃を警戒しつつ、2人は〈メガラニカ〉のビスト家の屋敷へ急ぎ、遂に宗主:サイアム・ビストと対面、『ラプラスの箱』の真実を知ることとなった。託された可能性という名の光。未来への希望。
一連の戦いはこれによって終息を見ることになるが、これまでのガンダムと同じく、やはりひとつの戦いが終わったに過ぎない。・・「それでも」と思える結末は納得の行くもので、嬉しくなるものだった。”宇宙世紀”のはじまりと、個々のガンダムとその世界観を矛盾なく繋げあげた福井氏には惜しみなく拍手を送りたいと思う。
(以下、若干ネタばれしているのでご注意を)。

巻を重ねる毎に、どんどん細かな内容を書きながらの感想になっていたが、最終巻はどこもかしこもネタばれになってしまう。核心には触れないつもりだが、続きを読む場合は覚悟して進んで欲しい。

『ラプラスの箱』は、屋敷の地下にあるサイアムの氷室に保管されていた。その中身は、ただの石碑。宇宙世紀のはじまりと同時に全地球に公開されるはずだった”宇宙世紀憲章”が刻まれたオリジナルの石碑だった。本来ならば特別大きな意味など持たない単なる記念碑のようなもの。それが何ゆえ”連邦を覆す”ほどの力を持ってしまったのか。
簡単にいえば、嘘の上塗りを重ねることで、やがて取り返しのつかない事態にまで発展していくのと同じ構造。
”ラプラス”へのテロ攻撃の後、引き継いだ新政権は意図的に憲章の条文1文を削除して、世界に発表する。テロの真の目的はここにあったともされ、テロに見せかけた身内のクーデターだとういう事実がまずそこに隠されていた。(マーセナス家の門外不出の秘密はここにある)。
10年後、テロに加担していたサイアムはオリジナルの石碑の存在を連邦政権に告げ、口をつぐむことでビスト財団を作り上げるのだが、後にジオン・ダイクンの出現や1年戦争によって、削除された1文はまったく別の意味を宿すこととなり、最初のスキャンダルどころでは済まない、決して表沙汰に出来ない脅威の1文に変貌してしまうのだった。

それだけでは肩透かしのような『ラプラスの箱』の正体がみせた変遷の歴史。『∀ガンダム』での”黒歴史”の如く、過去の映像をサイアムの氷室で見せられたバナージとオードリーは、条文が刻まれた時は”祈り”だったモノが”呪い”へと変わっていく様を目の当たりにしてすべてを理解する。やり直す機会は幾度もあり、人間のエゴがより強固に育てたといっても良いそれは、「もしも」を考えずにいられないくらい不幸な偶然と必然の産物だった。
・・本当に、これが後付けの物語かというくらい辻褄の合う話。ファーストやZ、ZZでの変えられない歴史を事実としながら、それ以前の80年を埋めることで、すべてが現在バナージ達が直面している”ラプラス戦争”の伏線にしてしまうのだから凄い。それぞれの失敗すら答えを追加するようなところもあって、過去にも未来にも、ここまで納得の行く話になっているとは脱帽するのみだ。

バナージとオードリーの2人が選んだ結論は、全世界に真実を公開することだった。
サイアムはその意思を確認すると〈メガラニカ〉を〈インダストリアル7〉から切り離す。すると〈メガラニカ〉は巨大戦艦《メガラニカ》へと姿を変え、その日のために用意していたあらゆる通信をジャック出来るシステムを稼働させながら、通信可能領域への移動を始めるのだった。

その頃、フル・フロンタルの《シナンジュ》も〈メガラニカ〉に潜入しており、虎視眈々とチャンスを狙っていた。そしてサイアムとの会談を終えたバナージとオードリーは、通信モジュールへ向う途中にフル・フロンタルと遭遇することになる。なんとかオードリーだけを通信モジュールへと向かわせるものの、生身の対決においてバナージが不利なことは言うまでもない。シャアとアムロの戦いの再現を、フル・フロンタルが望んでそうしたかのような展開。(ここでフル・フロンタルの正体が明らかにされるが、「ああ、やっぱりそうだよね」という答えに私は安堵した)。
互いに手負いとなりながらも致命傷を与えられないまま、MSに乗り込んた後、決着の場は宇宙に移される。空っぽの人形が操る《シナンジュ》は《ユニコーン・ガンダム》を圧倒。しかし、リディの《バンシィ》と2機となったトライスターの援護によって、遂に《ユニコーン・ガンダム》は《シナンジュ》を撃破。フル・フロンタルはバナージに呪いのコトバを残して散っていった。

バナージへの呪いのコトバは、直ぐに現実のものとなる。
すべてを葬り去ろうとするマーサの策略から、奥の手である”コロニーレイザー:グリプス2”の照準が〈インダストリアル7〉から《メガラニカ》に移されていることを知るバナージ。オードリーと《メガラニカ》(ラプラスの箱)を守るために、《メガラニカ》へと引き返すバナージ。
いつ発射されてもおかしくない”コロニーレイザー”であり、回避がままならない巨大戦艦《メガラニカ》を守るために、《ユニコーン・ガンダム》の展開する”サイコ・フィールド”の可能性に掛けるというバナージ。未知数の能力である”サイコ・フィールド”の過去の事例から可能性は否定できないものの、核となるMSのパイロットがサイコフレームに取り込まれる危険性も否定できない中での決断だった。
そして、間もなく”コロニーレイザー”は発射される。

誰もが想像するどおり、”サイコ・フィールド”は《メガラニカ》を守り切る。後を託されたミネバは、1人の人間として《メガラニカ》から全世界に向けて〈ラプラス〉の真実を語り始める。
《ユニコーン・ガンダム》とバナージは・・・。
涙しながら祈る気持ちで読み進む「エピローグ」で、私としては、期待どおりになったけれど、「逆シャア」を思うとそのまま終わってもそれはそれでアリだったかもしれないと思うところではある。だけど、フル・フロンタルの呪いどおりになるのは癪だし、やっぱり「こうでなくっちゃ」と喜ぶべき結末と思う。

当初、アニメを新鮮な気持ちで見るためにも、すべて終わってから10巻を一気に読もうと思っていたが、現在ようやく半ばにさしかかったアニメであり、内容を比較あるいは補完しながら見るにあたり、文庫化を機会に順次読み進んで来てよかったと思っている。結末の知っている物語で、10巻にも及ぶ長編小説を読むのはかなりの気力と体力が必要になるだろうしね。
アニメ化の都度、反芻しながら理解を深める。活字では見えない背景に盛り込まれたヒントを楽しむ。これからはそんな楽しみ方になると思うが、やはり戦闘シーンの迫力は映像ならではなのは変わらないし、アニメ「ガンダムUC」の後半を心待ちにしている。そして一度くらいは大スクリーンで鑑賞できるよう、努力したいと思っている。

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