『県庁おもてなし課』 有川 浩 〔著〕
2009年9月、『フリーター、家を買う』の裏側の表紙の折り返しから、『県庁おもてなし課』が新聞で連載されると知った時は、掲載される新聞が購読できる地域の方を羨ましく思った。地元地方新聞でも掲載されないものかと祈ったが、世の中そうそう自分に都合良く回ったりはしない。(後に新潟県でも「上越タイムス」で掲載されると風の噂に聞いたが、残念ながら購読エリアではない)。よって、書籍化をとても楽しみにしていた。
今回も明確な起承転結(発端があり、活気づいたところで一旦奈落に落とし、仕切り直しから希望に溢れたハッピーな結末)があり、甘い展開あり、社会性ありと、一気に読ませる勢いのあるお話だった。
読む人が読むとエラく痛い内容に思うけれど、そうした関係者は第一に、でも万人にも意識して欲しいと思うことが満載であり、とにかく郷土愛、日本愛に満ちた作品だと思う。
内容はだいぶ違うが、”お役所仕事”を的確に表現してメッタ斬りにしているところは『県庁の星』の時と同じ印象を持った。公務員たちは「だからお役所
は・・」と言われていることは知っていて、自分たちも形式に囚われた小面倒な手続きをもどかしく思ってはいても、本当の意味で”県庁ルール”のありえなさ
に対して”無自覚”なことを解っていないところがある。これは実際片足を突っ込んでみて、民間とはあまりに違いすぎる感覚を肌で味わって愕然とした私自身の体験なので過言ではない。とにかくぬるい。この温度差はハンパじゃない!って思う。だから前半の”グダグダ”加減には「よくぞここまで!」と感服したこと言っておきたいと思う。
一応、小説はフィクションとした上で、高知県庁には実際に「おもてなし課」があるとのアナウンスが最初にある。とはいえ、有川小説は(上手いこと”公私混同”をしていると巻末の鼎談にもあったが)実ネタがそのまま内容に反映されていたり、実在のモデルが居ることが多々あるのはよく知られており(冒頭の「パンダ誘致論」は完全に作り話だが、元ネタは父親の発言にあると「あとがき」にある等)、あえて巻頭に入れられた一文をどう解釈するかは読者次第、という含みはあるように思えた。
さて前置きが長くなったが、物語はというと高知県が観光発展の為に発足させた「おもてなし課」を主体に”観光立県”を目指すというもので、公務員の実態や行政の不自由さを指摘しつつ、民間視点での打開策(ヒント)を盛り込みながら「おもてなし課」の若手職員:掛水の成長が描かれている。もちろん成長に欠かせないパートナーとなる女性(臨時職員):多紀と恋物語が同時進行するのは有川作品のお約束だ。そして、「おもてなし課」が手始めに取り組んだ”観光特使制度”から特使に任命された高知県出身の人気作家:吉門が牽引役となり、更に現在は民宿を経営しつつ観光コンサルタントをしている豪快オヤジで”県庁”とは浅からぬ因縁を持つ元県庁職員の清遠とその家族が関わることで、グダグダな意識改革からはじまり、やがて少しずつ前向きに行政を動かしてゆく「おもてなし課」と掛水となっていく。
最初は吉門のダメ出しの意味すら解らない掛水だ。何が悪いのかすら理解出来ていないから、本来ならばお話にすらならないところだが、ワケあって郷土愛に溢れる吉門は最大限の親切心を掛水に大盤振る舞いすることになる。
まずは「時は金なり」から。誰でも知っている格言のハズだが、意識がなければ「時」はただ流れ続けている時間でしかない。そしてそれが県庁だ。具体的に説明をして貰い、ようやく”県庁ルール”=民間感覚で言うところの時間の無駄遣い、すなわち「怠慢」からどれだけの見えない利益を掴み損ねているかを初めて知る掛水だった。(実質損はしていない反論するようであれば救いようがないと言える)。
吉門というキャラは、最近で言えば「シアター!」の春川司に近いだろうか。洞察力に優れ、物事を的確に把握して手厳しい物言いで指摘はしてくれるものの、ヒント止まりで答えは自分で見つけろというスタンス。それでいて家族想いで優しく、自分自身のこととなると悶々と悩むようなギャップに萌えるタイプ。
対して、掛水は公務員にありがちな何事もソツなくこなせる優秀さを持っており、何にでも順応して疑問も持たない”なんとなく”なタイプ。ただし、もともとフツウにデキが良くて勤勉なところから一皮むければ・・・であり、成長を踏まえた上で一番近いキャラは『フリーター、家を買う』での正社員として就職してからの誠治かな?。”ヤレバデキルくん”でどんどんノッてくるところが良く似ているように思う。
有川作品の男子はみんな可愛くってカッコよくって羨ましくなる。全体的にも嫌いになるようなキャラが居ないのは毎度心地よい。でも、理不尽やシビアな設定で突き落とされるのも毎度のことで、そうしたならではのバランス感覚にいつもやられちゃうんだよね。
簡単に言うと、この作品では多角的な視点を持つことの重要性であり、マイナス要素をプラス要素に転じたり相殺させる発想の転換が鍵であり、成功への第一歩だと伝授している。親切にも様々な実例・成功例のお手本付きで。これは観光分野に限ったことではなく、いろいろな分野で応用が利く内容と思うので、ちょっとした参考書になるのではないだろうか。
怒涛の展開!でも、ベタ甘全開!でもないけれど、有川作品の特色が良く出ており、誰でも面白く読める小説と思う。
もはや私にとって有川作品は、『ストーリー・セラー』内の台詞そのままといった感じで、キャラの性格と展開を掴めば「大体のパターンは読めるんだよ」だったりする。キャラもだんだん被ってきているからより解り易くなっているしね。それでも有川作品を読み続けるのは、好ましいと思うところの感覚や理想の在り様・考え方(似たような失敗で身につまされる部分も含む)が近いと感じられ、どの作品でも大きく頷くところが幾つもあることと(この辺は多感な時期に影響を受けた作品が同じなんじゃないかと勝手に思っていたりするが)、いつも何かしらハウツーや業界の常識が組み込まれており、読むだけでオマケのように知識になってくれるところが好きだから。
さて次はどんな題材で攻めてくるのか楽しみでならない。最近は控え目になりつつあるベタ甘爆裂路線も読みたいし、そこは『シアター!3』か文庫版『図書館戦争』の書き下ろし短編に期待したいところだ。
最後に、この『県庁おもてなし課』の印税はすべて”東日本大震災”の被災地に寄付されるとのこと。下世話な話だが少なくとも数千万は約束されているハズ。素晴らしい英断と思う。ほんのわずかながらも購入することで貢献できたことは嬉しく思う。
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コメント
たいむさん、こんばんは!
有川さんに限らずどの作家さんもあるパターンがあるかと思いますが、有川さんのトーンは好きですねー。
本作はらしさがよくでている作品だと思いました。
しかしお役所っていうのはやはり民間からみるとぬるいですよね。
民間はいろんな無駄はそれはそのまんま利益に関係しますからね。
やはりほっといても税金が入ってくるという(なかったら借金で)感覚だとなかなかわからないんですかねー。
投稿: はらやん | 2012/02/09 19:50