「極北クレイマー」 (著)海堂 尊
『チームバチスタの栄光』シリーズをはじめに複数の出版社に跨って展開されている“桜宮サーガ”のひとつが『極北クレイマー』。時系列でいえば既に速水が極北救命救急センターに赴任していることから『ジェネラル・ルージュの凱旋』より少し後であり、『ジーン・ワルツ』とほぼ同時期、といえば分かりやすいだろうか。(このシリーズは章題とともに何年何月何日と明確に記述されているが、数字よりもエピソードから時間の経過を記憶する読者のほうが多いと思うので)。
これまで“桜宮サーガ”はどこから読んでも問題なしと思っていたが、『イノセント・ゲリラの祝祭』以後発刊された3冊分をすっ飛ばし、さらに少し後の話の『アリアドネの弾丸』を先に読だことに失敗を感じて後悔している。(毒に充てられて食傷気味になったので飛ばしたが、本線に戻ったので食いついてしまったのだった)。全てが根っこのところでリンクしている世界観だから同時期に起こった作品は続けて読むに越したことはなく、また時系列は違っても登場人物的なリンクも出版順だと分かりやすくなっているため、関連事項を計算した上で出版しているのだと改めて思った次第。そこで今になって慌てて遡っているというわけだ。
とはいっても、極北のエピソードは次の段階へのステップ的な位置づけといえ、結局本線は“田口&白鳥”コンビであって、全てはそこで帰結するようにできているようだ。(だからこそ本編が好きな人は補完として読んでおくべき話なのだよね)。
さて、話をざっくりと要約すると、財政破綻寸前の極北市を舞台に、市が経営する累積赤字数億円という市民病院で起こった産婦人科の医療事故(実際には医療事故の事実はなく適切な処置の上での不幸な出産による死亡なのだが)をダシにして起こされた陰謀、といったところで、それにより極北市は破綻、市民病院も閉鎖を危機を迎えるというものである。
極北市はバブル時期の行き当たりばったり無計画事業によって膨大な負債を抱えており、年々雪だるま的に負債を膨らませていた。そして不必要な事業投資の失敗の穴埋め分をモロに食らったのが、本来低下させてはならない市民生活に直結する行政サービスで、病院への予算削減はその筆頭だった。そんな極北市民病院で起こった妊婦の不幸な死亡。全体的にサービスが悪くて評判の悪い市民病院だが産婦人科だけは評判が良く、部長の三枝医師は市民からもスタッフからも一目置かれている。よって妻と子供を一度に亡くした夫は遣り切れない思いを抱えながらも、三枝医師への信頼は厚く事実を受け入れていたが、そこに思わせぶりにチャチャを入れる“医療ジャーナリスト”を名乗る女性が現れたことで事態は一変することになる。
結論から言うと、被害者家族の感情を言葉巧みに増幅させられた夫が女性に踊らされて病院を訴えたことからありえない医療事故が作り出され、同時に女性の画策から警察が動いたことで事故は事件へと発展、三枝医師は逮捕されてしまう。信用を失墜させた上に柱を失った市民病院は必然的に崩壊。連鎖的に極北市も破綻へのスピードを加速させることになった。
この作品では、「イノセント・・」でズバリ提示された司法・行政の都合と医療の微妙なパワーバランス問題と危機的状況に具体例を挙げて描かれたような話で、悪意の側が勝利して終わっているところで嫌な感じがする展開になっている。(何を持って悪意とするかは相対的なものなのだが)。けれど「再生は崩壊から始まる」と思えば、この崩壊が人為的に仕組まれたものであっても結果としてはようやく改善への下地が整ったと言え、ラストでは市民病院再建のための救世主(?)が送り込まれているし、シリーズとしてはここからの逆転劇が期待できそうではある。(実際「アリアドネ・・」ではちょっとした反撃が極北で開始されていたし、ジェネラル速水の存在も心強そうだ)。時折微妙すぎる設定や持論の暴走が感じられたりもするけれど“桜宮サーガ”がエンタメと社会派を両立しながらずっと楽しませてくれることを期待している。
ちなみに「救世主」として最後に登場してきたのが世良先生だったのには驚いた。『ブラックペアン1988』以降どこへ行ったのかと疑問に思っていたが、やはりすっ飛ばしていた『ブレイズメス1990』にヒントがあるようで、あまりの変わりようには早いトコ補完しなくちゃと思っている。また、今回も白鳥腹心の部下:姫宮女史がいい味を出しながら活躍している。医療ジャーナリスト:西園寺さやかにしても実はなじみ深い人物だ。
この作品の主人公はまったく新キャラなのだが、準レギュラーが濃厚すぎてもうひとつ霞んでしまっているのが残念。でもいつかまた再登場してくれたら歓迎してあげようと思える良き医者だった。。
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コメント
おはようございます。
そろそろ図書館で借りられるかなっとチェックしましたら
すぐ借りられそうです(笑)
今年の海堂さんの新作は、かなり先の話になりそうですが
のんびりチェックして読んでいこうと思います。
そいか~世良先生が登場するんだ♪久しぶり
楽しみです。
投稿: にゃんこ | 2010/11/10 09:52
■にゃんこさん、こんにちは
人気シリーズは図書館の待ちも半端ないですもんね(^^)
私はついつい買ってしまう派で、以前よりは新作の頻度が下がってる気がするけれど、次々出るから参っちゃいます。
世良先生の登場はびっくりでした。全然イメージが違うし、なんか偉くなってるし。
お楽しみに!!
投稿: たいむ(管理人) | 2010/11/10 22:14
初めまして。
今日 本屋に行ったら極北の文庫本が置いてあってびっくりしました。 内容は前読んだものなんですが、本編最後の解説を読んでさらにびっくり!
この本は破綻した某市の話モデルに海堂さんがこうなって欲しくないと最悪なケースとして想像し書き上げたものなのだが・・関係者にとってはリアルな描写に映り、現実のものとして認識されていると知りました。 元々、海堂先生の本はフィクションの中に真実、問題を提起し私達に考えさせる手法をとっている方です。・・その先生が最悪と考えていたものが現実のものになっている事実。 それを知った後では 本の内容が恐ろしく生々しいものに感じました。
投稿: 紗那 | 2011/03/03 20:40
■紗那さん、こんにちは
海堂作品の文庫化は一般書籍より早い気がします。ドラマ化や映画化の影響は少なからずありそうな気がしますが。
文庫化のときのあとがきとか解説は思わぬ収穫があったりして面白いですよね。私も買わない時でも書店でそこだけチェックしたりしますよ。(ごめんなさい!だけど)
考えうる最悪と言うことで小説はカナリ誇張した危機で描かれているように感じますが、実際に近いものが起こっている現実にゾッとします。
でも誰もが他人事で他力本願では何も変わらないということでしょう。
難しいですね。
投稿: たいむ(管理人) | 2011/03/04 00:00