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2010/08/21

『ストーリー・セラー』 有川 浩 〔著〕

Storyseller

有川浩先生の待望の新刊『ストーリー・セラー』。
この本は2008年春の小説新潮5月号(別冊)で発表され、新潮文庫『Story Seller』に収録された1編に書き下ろしを加えて単行本化されたもの。単行本化に当たり既存分を「Side:A」、書き下ろしを「Side:B」として対にすることで「完全版」としたものだが、”対”といっても同じエピソードの視点を変えた裏表ということではなく、ほぼ同じシチュエーションでの逆を描くAバーション・Bバーションだと認識しておくと良いと思う。(でないと「Side:B」のスタートに思わず糠喜びしてしまうから)。また、いつもどおり夫婦愛に満ち満ちた甘い物語ではあるけれど十八番の”ベタ甘”とも違い、内容的にはかなりベビー。わかっていても号泣必至。良くも悪くもファンの期待を裏切らない作品だと思う。
(以下、内容に触れているのでご注意を)。

「Side:A」は、”奥さんは思考で脳を使えば使うほど劣化するという、かつて症例のない病気に罹っています。劣化するのは「生命を維持するために必要な脳の領域」で、思考することで寿命を失います、云々…”と、概ねそんな医師の宣告でスタートする。
いきなりベビーだなぁーと言うよりは、「うわ、これまたSFチックな設定にしたもんだなぁー」と『塩の街』を彷彿したものだが、2ページ目にして『何だ、その安っぽいSF映画みたいな設定は』という夫の心内のツッコミが書かれており、ゲラゲラと笑い転げた私は今度の作品も間違いなく好みだと確信した。(雑誌も文庫もあえて読まずに我慢していたので「Side:A」も初読みである)。・・とにかく医師の厳しい宣告は事実であり、抗えない死に直面した夫婦のその出会いに遡り、現在に戻り、そして最期の時を迎えるまでが描かれている。
妻との最初の切っ掛けこそ夫にとっての”黒歴史”だが、和解し、愛を育み、作家として成功する妻。けれど思いもよらない落とし穴にはまり、更に”奇病”に冒されてしまう妻。上らせて落として、更に上に到達しようというところでどん底にまで急降下。”不治の病”という反則技込みだが、これを泣かずに読むなんてことは到底無理というもの。
そして「Side:B」。今度は夫の余命が幾ばくか・・・と宣告されるバージョン。これでもかと妻に不幸が振りかかる「Side:A」よりは若干楽な心持ちで読み進むことが出来るけれど、一縷の望みに運命を覆らせようと必死になる妻と、精一杯思うように生きようとする夫の姿に、これまた涙なしではいられない。

同じ会社に勤めている男女。読書好きな『書けない側』で『読む側』の男性と『書ける側』の女性。2人はふとした切っ掛けで接近し、女性の書く小説で”絆”を深めて行き、やがて結ばれる。女性のファンであり、その才能を誰よりも認め、作家を本業にすることを女性に薦める男性。そして全身全霊で女性を支える男性だが、 遂には病気が2人を別ってしまうという哀しき設定がAとBの共通事項。分類するならば”悲劇”と思うが、どちらも「どこまで本当なのか」がぼかされた終わり方になっているところがポイントで、ひょっとしたらどちらも”小説のなかの小説”かもしれないと匂わしているところが読者を救ってくれる。(実際、その手法が「Side:B」に盛り込まれているしね)。安心による爽快感を得るまでには至らないけれど、ちょっとした一言で読者を浮上させる「巧さ」と「心遣い」を感じた。

もし、私が編集者だったら有川先生に「これはどこまが先生とご主人の事実ですか?」と聞きたくなっただろう気がする。(SFチックな設定はともかく)兼てより公の場でもご主人に対する感謝の言葉を衒いなく口にする有川先生で、ご主人の薦めから「電撃小説大賞」に応募し、見事大賞を受賞して作家デビューした有川先生であり、ご主人の助言やアイディアが小説に反映されている事がままあるという話はファンならば周知のこと。この小説はまるまる有川先生の覚悟と夫に対する愛を綴ったラブレター兼感謝状といったところではないかと思う。(女性作家と夫を主人公に据えた物語であり、おそらく読者のほとんどが思ってると思うけど)。今回は珍しく”あとがき”がなく、こうした想定可能な読者の憶測に対して否定も肯定もしていない。”ギフト”仕様の表紙、そして毎度”あとがき”を欠かさない有川本にもかかわらずあえて”あとがき”を控えたその事実こそが「証左なんじゃない?」と更に邪推してしまう私だ。
・・でも、この際だから私にもちょっと言わせて欲しい。なにせ「Side:B」での彼の言葉に膝を打った私だったから。
「ずるいんだよな、この人。俺、この人がデビューした頃からずっと好きで読んでいたから、もう大体のパターンは読めるんだよ。ここでこう来るな、とか。でも、そのパターン踏んでちょっとだけ外したりすんの。よしこらえた!って思ったとこに不意打ちが来るからたなんないよな。卑怯だよ、卑怯」。
有川作品が大好きな私として、その台詞をそっくりそのまま有川先生にお返ししたい。これほど的を射た表現はないと思う。(有川先生の見事な自己分析とも言えそうだが)。
ベタ甘も、障害だらけでヘビーで憤る展開も、雨降って地固まる結末も、私を魅了して止まない。私も『書けない側』の人間だから尚のこと。有川作品に出逢えた幸せを噛みしめ、次なる作品との出逢いに恋焦がれているんだから!

次回作は一部の地方新聞で連載中(?)の『県庁おもてなし課』か、『E★エブリスタ』で連載中(?)の携帯小説『空飛ぶ広報室』か、はたまた別の作品か。「Side:B」での彼は新刊発売1週間にして「次の新刊っていつ?」と彼女に尋ねているが、正に今の私も同じ気分である。

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コメント

どこまでが実話なのか、全くのフィクションなのか気になっちゃいますよねー
設定が設定なので・・。

全体にあまりにも重々しかったので、次はサクッと明るい有川作品が読みたいです!

投稿: hito | 2010/09/13 12:31

■hitoさん、こんにちは
半分くらいは実話かなって思うけれど、キツイですよね、この内容。

「レインツリーの国」なんかもかなり厳しい内容がストレートに書かれていて、有川先生ってこういう性格なんじゃないかなって思っていたのだけど、やっぱりベタ甘ラブコメが心地よいですよね。
私はこういうのも好きだけど、次回は愉快な方を期待しちゃいますね。

投稿: たいむ(管理人) | 2010/09/13 19:43

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