『シアター!』 有川 浩 〔著〕
この12月に創刊した”メディアワークス文庫”から、有川浩先生の『シアター!』が発売。出版社が異なるとはいえ9月に『フリーター、家を買う』が単行本化されたばかりだというのに、「本当に有川先生という人は・・・」という感じである。
物語は、ブラコン兄弟とそんな弟が主宰している小劇団の愉快な仲間たちでのお話。雰囲気としては『フリーター、家を買う』 に近いと思うが、何と今回は完全にベタ甘が封印されていてビックリ。(途中では兄と弟が絡んだ三角関係に発展するか?と思われたのだけど)。
私は有川センセのベタ甘が大好きだけど、ベタ甘が苦手な人がプチ社会派な有川作品に触れる良い機会となる作品だと思う。
ブラコン兄弟とは成績優秀な営業マンの兄:春川司と、劇団「シアターフラッグ」の演出と脚本を担当し、主宰を務める弟:巧。兄弟の父親は売れない舞台役者バカで、母親はバリバリのキャリアウーマン。母性本能をくすぐられたことから生活無能力者を夫に持つことになった母親だったが、司が小学校に上がる直前にダメ夫に三行半を突き付けて離婚。(一応円満離婚ではある)。幼少時の巧は引っ込み思案な性格から所謂”いじめられっ子”となり、小学校に上がってからは半引き籠り状態となってしまい、遊び相手といえば戦隊モノのソフビ人形と兄の司だけだった。それではマズイと心配した母親は、父親が参加している演劇のワークショックに兄弟を通わせることにする。一種の訓練教室みたいなものだが、似たり寄ったりな子供たちが集まった、誰も自分を知らない環境は子供たちをのびのびと変えていき、中でも巧は父親の血筋のせいか殊更に演劇の才能を開花させて行き、ついに”いじめられっ子”からの脱却を成し遂げる。その結果、演劇の道をまっしぐらに突き進み、大学を卒業しても停職につくことなく仲間と共に劇団「シアターフラッグ」を立ち上げることになる。
しっかり者の母親の血が濃い司と、ダメモテ男の父親の血が濃い巧。(女性関係ではハイブリッドと評される司だが)。堅実なサラリーマン司とその日暮らしの演劇マン巧。まるで正反対の兄弟。
「シアターフラッグ」はマイナーメジャークラスのそこそこの劇団ではあったが、やはり世の中はそんなに甘くはなく、いつしか三百万円の借金を抱えてしまっていた。そこでニッチもサッチもいかなくなった巧はいつものように司に泣きつくのだが、役者にしがみついた挙句に貧乏をこじらせて死んだ父親と巧が同じ道に進んでいることを懸念している司は、巧と劇団のメンバー全員に”条件付き”で三百万を貸すことを承諾させてしまう。条件とは、最長2年の期限を付けた上で劇団の経営を立て直させ、収益のみで三百万円を返済させることで、もし達成出来なかった場合は才能が無い事を自覚し、諦めて綺麗さっぱり劇団を畳むというものだった。但しその間は司が劇団の財布を管理することも条件の内にあり、「死ぬ気でやってみろ!」という弟への愛のムチでもあった。
司の”制作”としてのバックアップのほか、劇団経営立て直しのための好材料としては、大挙して止めてしまった劇団員の代わりに入団した現役プロ声優:羽田千歳の存在。演劇は初心者で”声”以外では海のモノとも山のモノとも分からない状態ではあったが、司による”羽田千歳”のネームバリューを生かした「シアターフラッグ」再建計画が始動する。
・・司の財政再建は、まずは収支の現状把握に始まり、経費節減と計画的な運営管理の梃子入れに着手する。当然劇団員は司に問答無用でこき使いまくられることになり反発もちらほら。それでも営業のノウハウを生かした効果的な広告宣伝やプレスに対するアプローチ等々、司のちょっとした気配りがもたらす効果や、営業のハウツーが含まれているところがなかなか勉強になる。なんだか「金は正義だ!」と豪語しながらも、金の使いどころはしっかりわきまえている司が妙にカッコ良くて頼もしい。(他の経済観念が分不相応に崩壊しているからかもしれないが)。
私自身、「時間」を「お金で買う」ことが良くあるのだけど、まさにそのことを司が団員達に説明するシーンがあってなんだかとても気持ちが良かった。(もうブンブンと首を縦に振っていた私だったし)。
基本的には司目線で物語は進行。劇団の借金返済エピソードがメインだが、劇団員同士のアレコレや、羽田千歳と兄弟のモヤモヤなんかも盛り込まれており、笑いあり涙ありな物語になっている。ただ、やり手の司や甘え上手な巧の兄弟とどっちつかずな羽田千歳以外のキャラクターの存在感が薄くて珍しくキャラが立っていないのが残念。それぞれ好感の持てるイイ性格をしたキャラが揃っているのにね。(登場人物がいつもより多いからかな)。それに折角の劇中劇も単体で楽しめる域に至っておらず、また山場となる最大のピンチでの緊迫感がもうひとつ足りていないなど、やや物足りない印象は無きにしも非ずといったところ。それでも「上げて、落として、救う」のはいつもどおりで、心地良い読了感が残り、出来れば後日談が読みたくなるような感じに仕上がっていると思う。
有川作品にはありがちだがこの作品も元ネタがしっかり存在しているとのことが「あとがき」に記されていた。アニメ『図書館戦争』で柴崎麻子を演じた沢城みゆき嬢との縁から、彼女が所属する劇団を取材し、そのまま作品に反映されているとのことで(それでヒロインがプロの声優か・・と納得するところ)、相変わらず好奇心旺盛な有川先生といったところだろうか。
今回は満点絶賛ではないけれどやっぱり有川作品って大好きだと思う。いつもは放置の”読者カード”だが、”メディアワークス文庫”の創刊第1弾だし、もしかして有川センセの目に触れることを期待しつつ、感想を書いて送ってしまおうかなぁーなんて気分の私だ
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コメント
たいむさん、こんばんは!
さすが早いですねー!
僕もさっそくこちら読みました、けっこう好きです。
シチュエーションは違うのですけど、「図書館戦争」のように登場人物がいろいろ出てきて、彼らが絡んでいるのがいい感じ。
これはシリーズ化されますよね。
劇団解散のリミットまであと2年あるし。
これからベタ甘な展開あるかもしれないですよ〜。
司と千歳とかそういう感じがしちゃいます。
しかし有川さんは書くのが速いですよね、次から次へとよく筆が進みます。
投稿: はらやん | 2010/01/04 22:51
■はらやんさん、こんにちは
有川作品はほとんど予約購入で即日読破です(^^)
でもこの本は発売日前日に知ったんですよー。ビックリでした。
ついこの間「フリーター・・」がでたばかりなのにね。
連載をまとめたモノかもしれないけれど、同時進行なわけでしょう?新聞の掲載もされているし、ノリノリですよね。
今月下旬には、また単行本新刊の情報が・・・・
嬉しいけど、このペースは購入読者にはきびしいっす(^^;
「シアター!」は結果もしくは後日談が是非読みたいですね!!
投稿: たいむ(管理人) | 2010/01/05 19:42
たいむさん、どうも。
ヨムヨム言うてながらずいぶん時間がたってしまいました。
初めて泣かなかった一冊。(笑)
でも話そのものは好きだったし、
お兄ちゃんがんばりすぎのホンマブラコンやわ~という・・・。
たしかにあまりキャラ立ちしてなかったかな。
「キケン」があまりにも強烈だったしね。(笑)
司以外の人間が影薄い。
巧にしても千歳にしても
なんかほわほわっとしたつかみどころのないまま
終わってもたなと・・・。
なんというか、劇団の話というよりは
司の苦労話になっちゃった気がします。
劇中劇の部分もずいぶんあっさりだったし。
続編作れる感じでしたけど、どうなんでしょね?
お兄ちゃんマネジメントとして
どっぷり入り込んじゃったりなんかして?(笑)
投稿: Ageha | 2010/03/23 18:32
■Agehaさん、こんにちは[E:sun]
>ヨムヨム言うてながらずいぶん時間がたってしまいました。
あはは、私に言い訳しなくても良いですよー。
私も特定の作家さん以外は、めちゃくちゃ本を読むの遅いし。
うん、悪くないのだけど、先に「キケン」を読んじゃうと物足りない感じかもしれませんね。なにせほら、中途半端なジャンルだし(笑)
キャラ立ちしていないワケでもないけれど、長期戦が必要な話題なこともあって、一発芸でもってけない部分はありましたね。
「図書館戦争」も割かしそうで、1冊目は正直なところあまり好きじゃないんですよ。「シアター!」も続編とか出来て結論が出るまでのアレコレの間にもっとキャラが立って面白くなるかもしれません。なにはともあれ続編待ち?
そういえば、兄がブラコンで・・・という話は「図書館戦争」にも出てきますよー。ええ、どっぷりです(笑)
投稿: たいむ(管理人) | 2010/03/23 22:21
こんにちは
日記と本・ゲーム・音楽の感想
管理人のユラリロです。
ベタ甘でないから、いろんな人に薦められそうだ。
一冊書くのに、大量に取材してそうで、深い。
早く続きが出てほしい。
恋愛の行方が気になる。
投稿: | 2010/12/02 16:22
■ユラリロさん、こんにちは
有川作品はどれも好きですが、この先品はとくに続編を期待しちゃいますね。
劇団も、恋愛もまだまだのびしろがありますしね(^^
投稿: たいむ(管理人) | 2010/12/02 17:58