『ジーン・ワルツ』 (著)海堂 尊
『イノセント・ゲリラの祝祭』の次に読むとしたら、『極北クレイマー』なのが筋だと思うが、最初から順番どおりに読んでいないため、このたびは少し遡ることになった。これまでは、発刊順に読んでいないことに対する弊害を感じた事はなかったが、今回初めて、関連深い『医学のたまご』を先に読んでしまっていた事に失敗を思った。
『医学のたまご』は『ジーン・ワルツ』から十数年後の世界であり、『ジーン・・』のでキーマンが登場している。『ジーン・・』では最後に明かされる驚愕の事実であることから、結果を知っているとサプライズが減ることになる。これから読む予定の方には順番に気を付けることを忠告したい。(以下、更にネタに触れているのでご注意を)
東城大を卒業し、現在は天下の帝華大医局に在籍。人工授精のエキスパートで、大学で教鞭を取りながら、いち産婦人科医としても活動している、「冷徹な魔女(クール・ウイッチ)」こと曾根崎理恵が物語の主人公だ。理恵は(大学ではない)”マリアクリニック”にて、それぞれに事情を抱えた五人の女性(父親不明で中絶を希望している女の子、34歳で第2子を妊娠した主婦、共働きで予定外の妊娠に困惑している女性、不妊治療5年目にして漸く人工授精で妊娠に成功した39歳の女性、同じく人工授精で妊娠の55歳の女性)の担当医をしていた。ところが、理恵の医局の先輩医師でり、かつて”マリアクリニック”で共にアルバイトをしていたことのある清川は、理恵が違法行為に手を染めているとの噂を耳にし、不審な理恵の言動に疑念を抱き始めることになる。やがて清川は疑念を確信へと変化させていくのだが、理恵はまさしく”魔女”であり、最終的に理恵の勝ち誇った微笑が目に浮かぶような結末が待っていた。
正直な感想を言えば、現場を知らず机上の空論から自分達に都合が良いよう制度を変えていく官僚の仕打ちに憤りを感じ、批判しつつ真っ向勝負を挑んだ理恵の覚悟に共感出来るところはあるが、理恵の尋常ならざる思考と確信的に他人を欺く自分勝手な保身方法には「冗談じゃない!」と嫌悪感を覚え、拒絶反応すら感じてしまうところがあった。また(出産を神聖化しているわけじゃないけれど)”神の領域”に踏み込むようなタブー感があり、どうしても読後感がスッキリしない。(”曾根崎理恵”という一癖あるキャラをどう解釈するかなのだと思うが、彼女は最初から”クール・ウィッチ”と呼ばれており、それを忘れて理恵に清廉潔白な”聖母”を求めていた自分だったことを思えば、それこそが思い違いだったと思えなくはない、という感じなのかもしれないが)
”小説”としては、周到で予想もつかない理恵の作戦は非常に大胆なもので、結果を知っていた自分でもその過程(種明かし)は一気読みしてしまうものだった。今回もミステリー分野というよりは、産婦人科医療の実情(医療崩壊)を訴える社会派な要素が色濃くでており、5人の妊婦は誰一人として正常分娩では終わらず、出産に纏わる様々な問題をそれぞれに当て嵌め世間に知らしめる役割を果たしていた。(極端な例なのかもしれないが、いずれもカナリ恐ろしい話だ)。また彼女たちを取り巻く人間模様が、現実と小説の狭間のような位置づけで感情移入がしやすくなってしるし、展開を分り易くする為の必要最低限な医療知識も、理恵の授業をそのまま「基礎知識」として補完させるように作られていて、とても解りやすくなっている。
作者の想いとメッセージがたっぷりと詰め込まれた作品で、『チーム・バチスタの栄光』のようなエンタメ性の強い作品を求める読者の期待に応えたモノではないと思うが、妊娠や分娩、それぞれの異常について等はとても勉強になるし興味深い。それにどんなものでも出産シーンは感動的だしね。とにかく勢いで読める作品だと思う。ちょっとキツイが一読の価値アリ、と思う小説った。(ただし、現在妊娠中の方にはあまりオススメ出来ないかも)
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コメント
こんにちは~♪
海堂作品制覇まであと一歩ですね!
さすがたいむさんだなぁ(*^ー゚)bグッジョブ!!
私はもうリタイアしそうです(汗)
海堂氏の最近の著作を見ていると、いよいよ彼が本当に著したかったことが書けるようになってきたように見受けられます。
現場で起こっていることを小説の形を借りて広く訴えるのはとてもいいことだと思うんです。
けれど、その現場で起こっていることならもうすでに知っているというか、あまりに身近に起こっていることばかりなので、私にとって小説は後追いになってしまうんですよね。
そこのところがちょっと苦しいというか。
とはいえ、ここまでお付き合いしてきた作家さんなのでスッパリ見なくなるのも寂しい。
だから、興味の持てそうな内容ならこれからも読んでいこうかなというスタンスになりました。
この本は女性としてはかなりキツかった。
でも、一気読みでした。
投稿: ミチ | 2009/05/07 20:10
■ミチさん、こんにちは
ペースの速い作家さんは正直言って困るのですが、なかなか新規開拓しない性質なので、飽きたり嫌な部分が出てくるまではトコトンになっちゃうんですよー(^^;
ミチさんならば、現在海堂氏が書きまくっていることはとても身近な事象で、既に周知のことと思えば、確かにワザワザ小説で読むこともなさそうですよね。
それでも、時に牽引力のある「面白い小説」だったりするところがミソなのですよねw
私は今のところ網羅路線ですが、いずれ同じことの繰り返しがツラくなったらミチさんのようにセレクト路線になるかもです(^^)
やっぱり白鳥&田口のシリーズが基本かな?
この本は私もキツかったけれど、ほとんど一気読みでした(^^)
投稿: たいむ(管理人) | 2009/05/07 22:56
こんにちは~♪
『理恵の尋常ならざる思考と確信的に他人を欺く自分勝手な保身方法には「冗談じゃない!」と嫌悪感を覚え』
そうなんですよねぇ~私もそうでした。
でも、全体的に言ってとても興味深い作品でしたし、なかなか面白かったので私も一気読みしました。
ただ海堂さんの主張がこのころから強くなっていますよねぇ~ちょっと苦しいくらいに(汗)
だから最近海堂作品に食指が動き難くなりました。
ジェネラル~のようなエンタメも濃い作品が読みたいなぁ~
投稿: 由香 | 2009/05/08 18:26
■由香さん、こんにちは
やっぱ理恵の行動は理解しがたいものがありますよね。私だけではなく、皆さんそのようなので良かったです。
>でも、全体的に言ってとても興味深い作品でしたし、なかなか面白かった
そうそう、「でも」なんですよね(^^)そこがあるからますます今の海堂路線が残念に思えてしまうのかもしれません。
まぁ、私はとりあえず行けるところまで行ってみるつもりです。内容は固くても読めば読んだで感じるところが必ずありますから(^^)
投稿: たいむ(管理人) | 2009/05/08 23:32
ミステリ性は薄いけれど、産科を取り巻く現状や妊娠や出産の仕組みみたいなものは興味深く面白く読めました。
でもやっぱりそこまでする理恵のとった行動やそれに加担した家族の意図もちょっと薄いというか・・理由付けは薄かったような気がしちゃいますね。
海堂作品は文庫落ちしたものしか読んでいないのですが、これからも追っていきます!
医学のたまご、読むのが楽しみですー
投稿: hito | 2010/07/21 12:33
■hitoさん、こんにちは
じつは海堂作品は「極北クレイマー」で止まってしまっている私なんですよ。ちょっと原作者の主義主張が出過ぎになってて食傷気味。でも白鳥・田口コンビの新作が出れば復帰するかなーと言ったところです。
「医学のたまご」も若干イライラしますが、サーガとして繋がっている話なのでワクワクします。
あの子とかあの人も登場するのでお楽しみに(^^)
投稿: たいむ(管理人) | 2010/07/21 23:40