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2008/12/10

『ダークグリーン』と『ディープグリーン』:佐々木淳子(作)

Dark_green1中学生の頃、「ダーグリ」「ぶれご」「なゆた」という、佐々木淳子先生のマンガ3作品が(仲間内で)人気だった。中でも個人的に一番好きだったのが「ダーグリ」こと『ダークグリーン』で、中学生の財布事情から単行本は揃えていないが(優先順位の問題)、大人になってもずっと心に残っていた作品の一つだ。(永年の連載を追いきれずに中途リタイヤして結末を見届けないまま今日に至っていたのもきっと要因のひとつ)。
そんな『ダークグリーン』の続編が『ディープグリーン』だ。先日、この4月に単行本がリリースされていた事を初めて知り、驚いたと同時に心が騒ぎ始めた。今更にも近い発見には「偶然ではない」とさえ思えてきて、遂に最初から読み直す決心をした次第だ。(以下長編2タイトル分なのでかなり長文)

まずは『ダークグリーン』の世界観をザックリ説明しておく。
20世紀末、地球に隕石が落下した直後の12月20日、世界中の人々が同じ夢を見る。それ以降、一部の人々は”R-ドリーム”と現実を往来し始める。”R-ドリーム”は、睡眠時にのみ行ける夢の世界。“見る”のではなく“行ける”ところが一般的に言う「夢」とは大きく異なる。常に”R-ドリーム”では、”ゼル”という生物にも似た邪悪なモノと人々は戦っている。とりわけ対ゼル戦闘能力の高い少年が”リュオン”(主人公の1人)で、”R-ドリーム”内では人々に”勇者”として称えられている。もう1人の主人公が西荻北斗。現実では美大二浪中のしがない学生だが、”R-ドリーム”では頭角を現し”ホクト”としていつもリュオンと行動を共にしている。
往来する人々は、ホクトのように意識的に目覚めて現実に戻られるタイプと、リュオンのように目覚めることなくずっと”R-ドリーム”に在り続けるタイプがある。現実での”R-ドリーム”の記憶の有無も人それぞれだ。(理由は様々だが、本体の状態と元来持つ素質に起因するらしい)。いずれにしても”R-ドリーム”内で死亡すると、現実でもそのまま死に至る。「夢」だけど「事実」で「真実」なのだ。それでも「夢」だけあって時間の流れ方や環境・状態等はカナリ曖昧でいい加減なところも多く、念じればその通りになる等「ありえねぇ」がまかり通ることがしばしばある世界だ。同じモノを見ても個々では違って見えることもあるが、例えば見たことがないモノやカタチのないモノに持つイメージは個々でバラバラだから同じモノになるワケがないと思えば不思議でもなんでもないが、そんなモノが登場するところがやはり「夢」なのだろう。とにかく、そうした空間が”R-ドリーム”なのだ。
”R-ドリーム”での”ゼル”を簡単にいうと「夢魔」だろうか。(マンガだけに統一性のある形で描かれているが、本来ならば見る者によって様々なカタチをしているハズだ)。どんなにリュオンらが戦っても減るどころか湧いてくる一方の“ゼル”。いつしか”R-ドリーム ”が不安定になり始めると、今度は現実に”ゼル”が蔓延り始めることになる。それにリュオンと北斗が気が付いたとき、読者も“ゼル”が何なのかを確信することになるハズだ。

物語は、”ゼル”とは何か?”R-ドリーム”とは何か?”リュオン”とは何者か?これら3つの謎と、関わる人間模様が絡み合いながら進行していく。
” ゼル”とは何か?については、早々に「人間が作り出したもの」と答えが提示されている。自然破壊、環境汚染、公害、戦争etc.そうした人間の欲と業から生み出された、ありとあらゆる危険因子を具象化した結果が”ゼル”だ。つまり人類を破滅に導く全てのモノが”ゼル”だとしたら、”有害物質”は勿論、破壊活動や故意による致命的行為、現象でさえも”ゼル”になる。ならば退治しても一向に減ることなく、次々湧き出てくるのは道理だろう。
そんな“ゼル”が蔓延る”R-ドリーム”の役割が何かと言えば、人類に対する「最後通告」ということになる。迫る危機を“ゼルの攻撃”という見える恐怖に置き換えることで人間に警告する為に創られた場所が”R-ドリーム”。人間が“ゼル”負けてしまったら当然ジ・エンド。また“ゼル”の正体に気付くことなく現実を改めない場合も人類はジワジワと破滅へ進むのみとなる。(気づいても変えられなければ末路は同じだが)。人間は”R-ドリーム”でその存在価値を試されていたワケで、事実上”R-ドリーム”は「最後の砦」でもあった。それを踏まえ考えると”R-ドリーム”の不安定~消滅が何を意味するかは言うまでないだろう。
・・となると“R-ドリーム”を創り、人間を試したモノは何か?となる。結論を言えばそれこそが”ダークグリーン”だ。なのだが”確固たる何か”ではない“ダークグリーン”の説明はとても難しい。「地球」を覆う”植物”の意識の総意、すなわち”思考”が存在のような極めて曖昧模糊とした何かが”ダークグリーン”と一応仮定しておこうか。動物を創り、進化を操作し、制裁をくわえるという“神”のような存在ではあるが、あくまでも“植物(意識)”であるとされているところがSFファンタジーとして肝心に思う。なんであれ、漸く「タイトル」の“ダークグリーン”に至った事と種明かしを素直に喜ぶところだ。“ダークグリーン”については、咀嚼に時間をかけるも良し、そういうものだと思い込むも良し、じゃないかな?
ところで、”ゼル”に絶対的破壊力を発揮する”リュオン”の正体はというと、心ある数人の人間によって生み出された”希望”の具現であり、”希望の光”を集める者、とでも言っておこうか。こちらも出生の秘密などから正体は一応終盤で明らかにされるが、彼の行く末も含めて未だ謎は残ったままと思う。
詳細な展開、人間模様であり、エンドレスな試練とどう戦うのかについては、漫画読んで確認して欲しい。(小難しく描いたが、あくまでもティーンがターゲットで、取っつきにくいことはない)

『ダークグリーン』(全10巻)は、25年前の1983年に連載が開始された作品で、ある程度公害等の対策にも目途が立ち始めた時期とはいえ、次に話題に上がり始めた温室効果ガス問題等からヒントを得たであろう社会派ファンタジーである。間接的に”戦争”にも触れている奥深いテーマは、今読んでも色褪せを感じさせないどころか、益々現実味を帯びて来ているようにも思えてくる、なんとも恐ろしい作品に思う。

Deep_green1 『ディープグリーン』では引き続きリュオンが登場する。時代は正に今、21世紀の現在。『ダークグリーン』では、ひとり”R-ドリーム”に残って世界を閉じ、現実と”R-ドリーム”それぞれで戦う(改善)約束をして分かれたホクトとリュオンだった。(あ、ネタバレか?・・^^;)。しかし現在に至っても現実に変化は殆ど見られない。そんな現実を反映してか”R-ドリーム”も消滅して、夢の世界の在り様も大きく変貌してしまっていた。取り残されたリュオンは次第に本来の目的や存在意義を忘れ、力を失い”ゼル”から逃げ回りながら人々の夢を渡り彷徨っている状態だ。(リュオンの記憶は閉じられているが何者かの自覚はあるようだ)。
今のところホクトは登場していない。代わって現代の少女:舞(マイ)と、舞の高校の先輩:熊渕がリュオンと深く関わることになりそうだが、1巻では新たなる世界観を説明するので目いっぱいな為、謎だらけなまま終了する。(2巻は未発行)

実は、『ディープグリーン』の前には、『リュオン』(続編及び外伝)が2002年に発表され、単行本化されていた。『リュオン』は『ダークグリーン』のラストから十数年後の話で、”Rドリーム”のリュオンの前に再びホクトが現れると言うもの。(1988年に終了した『ダークグリーン』で、現実の時間の流れと調和しているようだ)。
独り戦い続けるだけの日々に、自ら記憶を封印していたリュオンはホクトが分からない。もはや”R-ドリーム”に人間は入れないとの概念が確定しているからなのだが、現れたホクトは正真正銘のホクトだ。「入れない筈なのに何故か?」は肝の部分なので割愛するが、最終的にはそのまま行動を共にするホクトとリュオンとなる。
ソコを踏まえると、『ディープグリーン』は、『リュオン』から更に数年~十数年後の世界と言え、今後何らかのカタチで合流したはずのホクトが登場する、もしくはその後が語られるかもしれないと期待するところだ。(時間の経過と、リュオンが再び記憶を封印した事を思えば、想像は固くないが)。
『リュオン』では、”ゼル”の根絶は不可能としながらも、相反する清浄なモノである”フィーン・フィールド”を育てることで世界にバランスを齎そう、というところに行き着いていた。しかし『ディープグリーン』の流れを思うと、それは上手く行かなかった、ということなのだろう。(余談だが、この考え方は「カーボンオフセット」に少し似ている気がする。聞こえはいいけど根本的な解決策ではなく、”金で解決”するようなこのシステムには??と思っている私で、ゼルとフィーン・フィールドの相殺が上手くいかないのも解る気がする私だ。)

果たして『ディープグリーン』ではどのような答えに導かれるのか。現実問題からも興味深いところであり、今後はリアルに見届けていきたいと思っている。話によると、『ディープグリーン』の後には『ディメンショングリーン(仮)』が控えており、作者の構想では『ダークグリーン』と合わせて 全三部作になるらしいが、望むところだ!である(^^)

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コメント

ほえ〜〜。ダークグリーンってそういうお話でしたか。

ウチにも『那由多』があります。佐々木さんの創る世界は、ゲーム系のテイストがどうしても見え隠れしてどれも似通って見えるイマドキのSFコミックと違い、50年代の骨太でしかもどこか不気味に謎めく王道SFの味わいがしっかりあるんですよね。

たしか那由多の連載時の頃に『COSMOS』というカール・セーガン監修のサイエンススペシャルの草分け的な特番があって、そのスポンサーであるIBMのCMのナレーションが「一、十、百、千、万…」と単位を上げていって最後にたどり着くのが「アソウギ、なゆた、無量、大数」。
画面には遙かな宇宙の果てと、1の後ろにゼロが無数に並ぶ数字で終わる印象的なCMでした。
本屋でタイトルを観たときに思わず手にしたのはそうした経緯があったことを懐かしく思い出しました。

で、気に入って遡って『Who』そして『ブレーメン4』も買ったんです。でもブレーメン4の方はいったん連載が止まって、ずいぶん経ってから残りが出たような…。
それにしても彼女が今も創作活動されてたことに感動すら覚えます。ブレーメン4といい、すばらしい粘りですね〜。

投稿: よろづ屋TOM | 2008/12/11 19:35

■よろづ屋TOMさん、こんにちはsun
どーもすみません、つたない説明で(^^;
こんなんでも雰囲気くらいは掴めていただけたでしょうか?

>50年代の骨太でしかもどこか不気味に謎めく王道SFの味わい
ええ、ほんとに。何気に深いメッセージが込められているような、映画みたいな作品が多いのですよね。

>「一、十、百、千、万…」
さすが、良く覚えてらっしゃいますね。でも、そういえばなんとなくそのCMを知っているような気がします。といっても番組は全然記憶にないので気のせいかもしれませんが。
私は「刹那」にならちょっと思い出があります。夢枕獏氏の短編小説なんですけど、「ボクは一番長くて一番短い」とかなんとか一生懸命「ボク」を説明しているんだけど、「ボク」が何なのかは最後まで明かされないってお話です。

>でもブレーメン4の方はいったん連載が止まって、ずいぶん経ってから残りが出たような…。
「ブレーメン5」かな?「ブレーメン4」は手塚治虫作品だし(^^)
実は「ぶれご」の連載休止の理由は「ダークグリーン」にあるんですよ。
当初は「少女コミック」で連載していた「ダーグリ」でしたが、軍だの兵器だのとコミックの作風には合わないからと編集部から打ち切り通告がなされ、それならば「コロネット」で続きを描かせてくれと懇願したんだそうです。その時コロネットで連載中だったのが「ぶれご」。休止にせざるなくなって後回しにするしかなかったとのことでした。それでもやり遂げるんだからスゴイですよね>佐々木先生

>今も創作活動
美内すずえ先生も「ガラスの仮面」の連載を再開しているし、庄司陽子先生も健在。池田理代子先生も、里中真知子先生も・・・あげたしたらキリがありませんが、大御所たちがまだまだ元気で嬉しいですね。

投稿: たいむ(管理人) | 2008/12/12 20:45

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