『空の中』 有川 浩 〔著〕
先月文庫本が発売された『空の中』だが、私は単行本で読書。文庫の方が手軽で良いのだが、他の有川作品の全てを単行本で揃えてしまっているから、コレだけ文庫というもの収まりが悪い。しかし、これが拙かった。
単行本→文庫本化の場合、大抵あとがきやら解説やらが新たになる事が多いので、単行本を持っていても文庫をチェックするようにしている私。よってこちらも書店で手にとってみたのだが、なんと!『空の中』はそれどころか“書き下ろし短編”、それも続編的スピンアウトが追加されているではないかっっ!
有川作品は、デビュー作『塩の街』に限り文庫→単行本化という稀なパターンで発刊されている。そして単行本化の際に”続編的短編”が追加収録されているとのことから、全てを単行本で揃えること決めたのに、なんだかとんだしっぺ返しを食らった感じだ
“書き下ろし“は立ち読みで読めるページ数ではあったけれど、なんとなくプライドが許さないので購入。新刊発行に際して「オマケを」という”サービス精神”
はとても嬉しいのだけど、それが”書き下ろし“では、ファンにとっては同じものを2冊買えと言われているようなもの。『クジラの彼』や『ラブコメ今昔』の
ように別枠で短編集を出しているのだから、改めてその中に加えてくれた方が余程親切だし、ファンも喜ぶと思うのは私だけだろうか?
・・・と、いきなり非難めいた発言から入ったが、『空の中』の作品自体には不満はなく、それどころか、有川テイスト満載のとても面白い作品だったと賞賛する私である。
ジャンルとしては、UMA(UFOかも?)が登場する「SFファンタジー」。プラス、大人組と子供組:2組のカップルが織り成す「恋模様(?)」という大盤振る舞い。有川先生曰く、「大人が読む”ライトノベル”を目指した。』とのこと。納得だ。
ざっくりとした内容は、四国沖の自衛隊演習空域における、連続した航空機事故が発端となって、高度2万メートルの空中に潜む“謎の知的生命体”と人間が接触し、共存を確立するまでの紆余曲折であり、共存の為の手段を模索中に人間によって起こされたトラブルや、発端の事故やトラブルに関わった人々の折りなす人間模様、というもの。最初の民間機テスト飛行中の事故関係者と、次の自衛隊機の訓練中での事故関係者、及びそれぞれの親族(と近しい人たち)などが主な登場人物。その中で、民間機事故調査官として派遣された春名高巳と事故時に居合わせながら咄嗟に回避して命拾いした武田光稀三尉のコンビ、武田三尉の上官で事故機を操縦していた斉木三佐の遺児:瞬と幼馴染みの佳江のコンビが、それぞれに“謎の知的生命体(ディック&フェイク)”と接触したことで大きく2つのドラマが同時進行され、最終的にはひとつとなって決着を見るカタチになっている。
自衛隊絡みやメカものは詳細に描かれており、ラブストーリーはめちゃくちゃリアルなのに、“謎の知的生命体”との遭遇という、世界を揺るがす大事件の方はまるでリアル感ゼロな展開の連続。”白鯨”と名付けられた”知的生命体”の温和な性格から無理やり説明付けられた危機感の稀薄さが正当化されるような状態には、ノレない人は全くノレない作品かもしれない。けれど、“謎の知的生命体”の設定(構造やシステムなどの発想)は大したもので、意外な方向へ進んで行く展開に思わず引き込まれてしまうという、有川作品にはいつも奇妙な牽引力がある。(ちなみに”白鯨”の発想の素は『天空の城ラピュタ』の”竜の巣”だそうだ。) また、魅力的なキャラばかりなので、内容は二の次にしても”キャラ読み”で十分楽しめるところが実に良い。
高巳と光稀の大人チームの成り行きは、「どうせなる様になるさ」と安心しつつ見守るだけなので、どちらかといえば“ディック”との交信を興味深く読む事になり、瞬と佳江(+真帆)の少年少女達には、幼さゆえの過ちと浅はかさ(時に小賢しさ)にヤキモキしつつも、様々な葛藤でジタバタする思春期の姿と大人への通過点を、影から見守るような気持ちで読み進む感じだった。
ほか、何気に肝となるキャラだった”宮じい”がとても素晴らしく、説得力が格段にアップされている。人間模様のリアルさはこういうところに隠されているようだ。
実は、この”宮じい”の話が、文庫本での短編に描かれている。タイトルは「仁淀の神様」。そこには瞬&佳江のその後も描かれているので、至れり尽くせりである。
『空の中』を面白く読了した誰もが、あるなら知りたいだろうその後の話。短編とはいえ、そんな大事な物語を、さり気なく”文庫にだけ収録”というのはやっぱり酷いよ~って私は思う。
【注目】:単行本を読んだからと文庫をスルーしている方!コレを見逃してしまっては勿体無い。どうか書店へ走ることをオススメする。とても良いお話だから。
ところで、高巳と光稀のその後は、ひと足先に「ファイターパイロット」として『クジラの彼』に収録されている。『空の中』では叶わなかった”ファースト・キス”の思い出話が描かれていてベタ甘 私は誤って『クジラの彼』を先に読んでしまっていたので、内容は知っていたが、『空の中』を読んでから再度読み直すと、甘さが倍増! ほんとラブコメを書かせたらピカイチだよ、有川センセ!
残るは『塩の街』と『海の中』。さぁて、どっちが先がオススメだろうね?
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コメント
名護さんが、名護さんが・・・!
・・・まぁそれはひとまず置いておいて。
『空の中』、読み終わりました。御提供、有難うございました
面白かったんですが、終わってみると「宮じい」しか残ってません(苦笑)キャラがベタだから読みやすい反面、強烈な個性としては印象に残らないのは残念です。
勿論、奇をてらわないだけあって素直にジュヴナイルなライトSFの面白さが感じられる強みもあります。以前書いたとおり、夏休み映画向けですね。正月ではなく、夏休み。課題図書なんかにも向いてるかな。
投稿: 姫鷲 | 2008/07/27 10:44
■姫鷲さん、こんにちは
勢いで読めるんですけど、何が残るかってーと、んーではありますね。
どの作品も、ワンパターンだから正直なところ飽きます。飽きますが、時間を置くとまた読めるところが、有川作品の奇妙な魅力に思います。
>夏休み映画向けですね
そうですね、夏っぽい、というのは分る気がします。映像は、「時かけ」みたいなつくり方をするといい感じかもしれません。
投稿: たいむ(管理人) | 2008/07/27 19:57
たいむさん、こんばんは!
本作、「塩の街」と「海の中」と関連あるんですねー。
これは読まないわけにはいかないなあ。
本作はSF的要素とかけっこう入っているのに、引きがあって軽快に読めていいですね。
>高巳と光稀のその後
「クジラの彼」も読まなきゃいけないリストに追加します!
投稿: はらやん | 2008/10/12 00:05
■はらやんさん、こんにちは
>本作、「塩の街」と「海の中」と関連あるんですねー。
あー、内容的にはまったく関係ないです。すみません紛らわしい書き方をしてしまって。「陸・海・空を扱った・・」という意味の3部作なだけなんです。でもどれもSFファンタジーという点では同じく、「フェイク」のようにヘンなモノが登場しますので、嫌いでなければ是非に(^^)
>「クジラの彼」
こちらは正真正銘のスピンアウトです。「海の底」のスピン含まれているので、どうせならば「海・・」を読んだ後にどうぞ!
・・・って結局全部になるから困るんです(笑)
投稿: たいむ(管理人) | 2008/10/12 16:48
どうもTB不調のようです
やっと読みました、2作目
ベタ甘ラブコメはまあ予想通りの展開で
なんとか大丈夫。
宮じいの優しさに感動でした
でも一番琴線に触れたのはフェイクと瞬の
最後の会話でした
投稿: くまんちゅう | 2008/12/06 01:37
■くまんちゅうさん、こんにちは
ベタ甘部分は読者の好みですしね、でも、なんとか許容範囲で良かったですw
>フェイクと瞬の最後の会話でした
アレ?なんだったっけ?ちょっと読み返してみようかしら(^^;
投稿: たいむ(管理人) | 2008/12/06 15:39