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2008/05/06

「田村はまだか」 朝倉かすみ(著)

Photo 数週間前の新聞で紹介されていた本。新聞はザット目を通していた程度だったが、『田村はまだか』というタイトルのインパクトで目が留まり、書評の全文を読んだ。面白そうだと直ぐに何店舗か書店を回ってみたが軒並み品切れ、通販関係もどこも入荷待ちという状態だった。新聞各紙で取り上げられたり、口コミなどから広がって行き、2月に発刊された初版分の在庫はあっという間に底をつき、増刷が間に合わなかったようだ。こうなると何がなんても読みたくなっちゃうんだよね(^^;
先日やっと手にした。やや期待が膨らみ過ぎた感はあるが、裏切られることはなく、私も「田村はまだか」と呟くことになった。

場所はススキノの小さなバー。小学校のクラス会の3次会。悪天候から1次どころか2次にもに間に合わなかった”田村”を、今か今かと男女5人の同級生が待っている。交通機関も夜には復旧し、既にこちらへ向かっているはずなのだが、日付が翌日になろうというのに”田村”は一向に現れない。それでも皆が”田村”を待ち続ける。「田村はまだか。」「来いよ、田村。」と何度も繰り返しながら。
読者は、「”田村”って何者?」と興味を持ち、「”田村”は来るのか?」と次ぎの展開に誘導されてしまうことになる。

”田村”が何者かは、早くも第一章にて語られる。”田村久志”は小6にして「孤高の男」(男の子ではない)であることが皆の一致した見解で、読者も納得するエピソードが披露されている。父親はおらず、ろくでなしの母親を持った貧しい家の子である”田村”だが、”田村”は誰よりも大人だった。
”田村”を待つメンバーは揃って40歳。年配でもないが若くもない。若さ自慢に老い自慢、両方に片足ずつ突っ込んでいるような年齢。いつの間にか溜まってしまった澱のようなモノで息苦しくなる頃。諦めを覚える頃。”田村”を待ちながら、各々過去に思いを馳せはじめ、それが”田村”を待つ間の穴埋めとして、待ち人たちの内なるエピソードとして明かされていくことになる。そこでは意外な事実も判明するのだが、それを知るのは読者のみというニクイ演出が潜ませてある (最終的にココが一番のポイントとなるのだが)。
彼らの、どのエピソードにも微かに共感するところがあるように思った。私自身はまだ人生を諦めたつもりはないが、諦めモードの彼らの想いにはチクリと小さな痛みを覚え、自分自身の過去が脳裏によぎるのも事実だったりする。
卒業以来一度も姿を見せていない”田村”であり、彼らの間では”孤高の田村”は伝説のようなものだった。どこか”田村”を英雄視している彼らで、だから”田村”を待つ。自分の為に”田村”に会いたいのだ。”田村”の話が聞きたいのだ。聖人君子のような”田村”が見たいと望んでいる彼らだ。
同級生のほかに、BER「チャオ!」のマスター花輪も一緒に”田村”を待つことになる。なかなかな洞察力に優れた人物で、この”田村”を知らないマスターが主に道先案内人の役目を果たすことになる。マスターは、最初は”田村”どころか常連客である「永田一太」以外、全員の名前を知らない(当たり前だが)。「腕白」「コルリオーネ」「いいちこ」「エビス」と印象であだ名付けるという、如何にもバーのマスターらしい表現が面白い。(だんだん会話が進むことで、一人ずつ本名が明かされていく描き方はオツな趣向だ。) また、マスター個人のエピソードも(読者にだけ)披露されることになる。

若干ジメっとしたところもあり、決して楽しく笑える本ではないけれど、読みながら皆と一緒になって”田村”の登場を待つ自分となってしまう。”田村”を見届けるまでは気がすまないというか、”田村”が登場するまでは止めてなるものか!と思ってしまう(笑)。

果たして”田村”は来るのか、来ないのか。
予想以上に驚愕な事態が待ち受けているのだが、気になった人はどうか自身の手にとって確かめて欲しい。

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