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2007/11/05

「雪だるま」悪玉論

つい最近(やっと)衣替えしたばかりだというのに、一雨ごとに冷え込む日が増え始め、今年もまた”コタツ”が欲しい時期となった。こうなると、天気予報に「雪だるま」のマークが付く日もそう遠くなかろうと、タイヤ交換など冬支度の算段に入るのだが・・・。
毎日、当たり間のように見ている「天気予報のマーク」。TV局によって「図柄」に差異はあるものの、大抵晴れはお日様マークだし、雨は傘マークが多い。それに関して、昨日の地元新聞のコラムに書かれていたの”天気マークの「雪だるま」悪玉論”が気になった。

新潟のイメージといえば、「米」・「酒」・「豪雪」、そして最近は「地震」という嬉しくないもの加わったかもしれないが、大体そんな感じだと思う。地元の人間でさえ咄嗟にはその程度である(悲しいことに)。未だに知らない人もいると思うが、同じ新潟県といえども山間部と海岸部では気候がまったく異なり、特に「積雪」については顕著だ。
(最近の)新潟市は、ほとんど雪が降らないし、積もらない。
首都圏との主要接続ラインである「上越新幹線」も「関越自動車道」も、確かに『国境の長いトンネルを抜ければ、そこは雪国』だ。しかし、そのまま進めば進むほど「雪」は減り続け、終着点(新潟市)では何もなくなることを他県人でも知る人は少なくないと思う。
コラムは、そんな新潟市の某市議連が気象庁とNHKに”天気予報の表示”に意義と要望を申し立てたとのことだった。主旨としては「新潟市の位置に”雪だるま”は困る。2箇所表示できないか?」というもの。”雪だるま”は豪雪を連想させイメージダウン(風評被害にも匹敵する)だというのだ。
何とも上っ面だけのアホらしい発想である。しかし、この手の問題は意外にも古くからあり、25年前には「”雪だるま”は重さを感じる。”雪の結晶”にならないか?」という話が有ったらしい。同じ雪でもイメージは軽くなるし、美しさを連想させる”雪の結晶”とはロマンがある。こちらならば理解ができるというものだ。
今回の要望は完全に「新潟市さえ良ければ」という手前勝手さが色濃く感じられ、新潟市民であっても嫌悪を感じる。雪も、地震も、新潟市はこれといった被害を受けていない。それにも拘らず県全体として助け合い、他都道府県や国の援助を受けながら懸命に復興を目指している地域を切り捨てるかの発言がどうして出来るのだろうか?実に情けない話である。

全国が表示されない”主要都市の天気予報”に選ばれているだけでも私は満足だった。どこへ旅しても地元の天気や気温がわかるのだから。表示されない地域を思えばそれだけで喜ばしいことだと思っていた。
「なんなら表示を辞退すれば?」・・・考えたお偉いさんに言ってやりたくなった。

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