『前巷説百物語』 雑感。
いつものことながら京極作品は新作を心待ちにしながらも、いざ手元に入ると読むのが勿体なく思えてなかなか手が付けられない。(次がいつか分らないしね) この「前巷説百物語」も例外ではなく、予約してフラゲしながらも、やっと読む気になったのが既に3週間も経った一昨日だった。
読後の感想としては、「いやぁ、実に面白かった!!」だ。
ハードカバーであり、きちんと腰を落ち着けて読んだこともあるが、読み始めたら止まらない面白さ。話が進むにつれてどんどんと危ういことになっていくのだが、そんな緊迫した状況が続けば途中で止められなくなるのは道理だろう。一応短編集ではあるから読みやすくはある。一つ一つにまず事件(発端)があり、依頼があり、伏線的物語(講釈)を咬ましておいて、即結果を見せる。そして最後に種明かし、という構成。勿体ぶらない作りが心地いい。(ラストの書き下ろし『旧鼠』は例外)
さて、今作でのシリーズ初登場の面々がとても魅力的だった。また、「巷説・続」へと繋がるお馴染みの面々と又市との初期エピソードには思わずニヤリとなってしまう。しかし、何が一番かといえば、とにもかくにも”損料仕事”としては駆け出しである若い又市の”青臭さ”が最高だ。
又市は、確かに自他認める”小悪党”に違いはないが、一本筋の通った好漢で、何より自分の技量と立場を弁えている。他人に好かれ、大物に目をかけられる理由が頷けるというもの。とにかく『納得がいかねェ』事を簡単に諦めたり妥協したりはしない。特に『”罰”としての人殺し』、損料仕事での”人死に”については執拗に自問自答を繰り返し、その”青臭さ”故にやがて一つの答えにたどり着く又市であり、”復讐の連鎖”を断ちきる術として有効な『妖怪仕掛け』が開花していくわけだ。
「巷説・続・後」は、素人である百介さんの視点で”又市一味”が描かれているため、又市の見事な『妖怪仕掛け』に百介さんと同じように目を眩まされ、ついつい「完全無欠な又市像」を構築してしまうところがあった。しかし、この「前巷説」は又市の視点で描かれているため、若い又市の、周囲に翻弄される姿や胸中を渦巻く葛藤がありありと伝わってくる。確かに「巷説・続」でも、仕掛けに満足してない又市を感じなくはないが、「前巷説」を読んでみて、はじめて又市の真の覚悟、又市を奮い立たせるモノが何であるかが理解できるのではないだろうか。
今作では、素人役として、町方同心”志方”と岡っ引き”万三”がいい味を出している。意図的に素人を巻き込むことで、虚実と現実とのすり替えに真実味を持たせるという、まさに「実を嘘に、嘘を実に掏り替える・・」”小股潜りの技”そのものという『妖怪仕掛け』が小気味いい。・・が、まだまだ荒削りで結果オーライな綱渡り仕掛け。それでも結果に甘んじることなく思考を往復させる又市だからこそ、後の洗練された仕掛けへと発展していくわけであり、最初から何もかも上手く出来ていたわけではない、普通の人間臭い又市の好感度が更にアップするのだった(笑)
又市の”御行”姿の謎が明かされる話は書き下ろしの『旧鼠』。理由がコレであれば、最終的に「黒」に染まった理由もわかるようなわからないような、弔いであり覚悟の白装束だということだろう。
読了後、きっと誰もがもう一度「巷説→続→後」に戻って読み直したくなるのではなかろうか? 私も、特に「続」に繋がるあの人のあのエピソードをお浚いしてみたくなった。
「前巷説物語」はとりあえず落着した。けれど始まりで終わった。年表によれば、「前巷説」と「巷説」の間には8年のブランクがある。
「もしかしたら『続前巷説物語』を書いていただけるのではないかしら??」そんな余韻の残るラストにちょっと期待をしたい。
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コメント
今まで巷説百物語は手付かずだったんですが、たいむさんのエントリーを見て手を出してみることにしました。
と、いっても、まだ「巷説百物語」の第1章だけなんですが、WOWOW(でしたっけ?)の飛縁魔を以前DVDで観ていたので、頭の中では又市=渡部篤郎になってます(汗)
投稿: batasy | 2007/05/25 07:56
■batasyさん、こんばんは♪
あら?いままで読んでなかったのでしたっけ?
「京極堂シリーズ」とも絡みもあるし、これは読んで損はないですよ。
>まだ「巷説百物語」の第1章
なんとなくどっかから”小豆をとぐ音”が聞こえませんか?(笑)
京極ほど絶対の順番、ではないと思うけれど、それでも出版順に読むのが一番だと思いますので、「巷説」からはじめたのは正解だと思います。「後」まで文庫化されているので、問題は「前」ですね~。ハードも買う方でしたっけ?
シリーズではないけど、又市は他の作品にもたくさん登場しています。余裕があればソチラもお試しください。
このシリーズはドラマもアニメもあるんですよね~。私はどれも見たことがないですが。
強いて言うなら、私の又市は映画「嗤う伊右衛門」での香川照之さんかなぁー。
投稿: たいむ(管理人) | 2007/05/25 22:32
こんにちは!
毎日暑いですね~
たいむさん、体調を崩されないようにご自愛下さいね。
TBの調子が悪いようですが、私もこの本を読んだのでコメントさせて下さいね。
これはとっても面白かったです。もしかしたらシリーズで1番に思えたかも・・・何よりも人間臭く青臭い又市が良かったです。
それから見事に後の話に繋がっていましたね~
又市の誕生秘話としては、どこかの殺人鬼(ハンニバル・笑)の誕生秘話よりも出来が素晴らしい!!って思いました。
またシリーズを始めから読みたくなりますね。
投稿: 由香 | 2007/08/13 09:59
■由香さん、こんばんは♪
TB、保留が自動でかかっていたので、解除しましたよ。ちょっと古い記事だとたまにあるんです。
読みやすい本でしたよね。又市のキャラは京極堂の次くらいにすきなのですけど、青臭い又市、イイですよね。
ハンニバルシリーズは一つも読んでいないので、比べられませんが、映画を観た限りではそうかもしれませんね。
全てがリンクしている見事な世界観、京極さんってすごい。素晴らしいですよね。
>またシリーズを始めから読みたくなりますね。
ですね~。読みたいのですけど、時間が・・・(^^;)
投稿: たいむ(管理人) | 2007/08/13 23:08